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「寵さんのご好意にばかり甘えてられませんっ。龍湖も【G】を稼ぎたいですっ」


そんな事を言い出したのは、占いの館【ブラッドプリンセス】から出た直後だった。


城下町のとあるエリアには占い屋がいくつも密集する通称『フォーチュンゾーン』があり……


綺麗なお姉さん占い師が相談者の体を揉みほぐし抱き着き匂いを嗅いだり舐めたりして健康を占い健康を招く『マッサージ占い』。


胡散臭そうなお姉さん占い師が相談者の中身入り財布を燃やしその煙を見て金運を占い金運を呼ぶ『炎のマネー占い』。


真面目そうなお姉さん占い師が相談者の仕事場に辞める電話を入れてワーキング雑誌から適当に選んだ職場に転職させる『ワーキング占い』など……いや、最後のは占いじゃないのになんであるのか分からないが。


そんな個性的且つ『当たる』占い屋さんは、当然テーマパークの人気コンテンツなわけで。

その中で、龍湖が興味を持った占いは、『恋愛運』だった。

僕が知る恋愛占い専門家スペシャリスト……パッと思い浮かんだ店が、ブラッドプリンセス、であったわけだが。


「しかし、なんでまた恋愛運?」

「寵さんとはこの先もずっと一緒に過ごしたいのですがそれを占うには『何を調べれば』と考えて……」

「恋愛運、ね。確かに仕事運でも健康運でも金運でも無いっちゃ無いだろうけど……急にグイグイ来始めたね君」


てなわけで、件の店の前までやって来たのだ。


「おや……ここは来る途中に見た他のお店と違って、人が並んでませんね?」

「完全予約制な上に、お客には『とある条件』まであるからね。まぁ、場合によっちゃあ飛び込みでもその条件さえ備えてれば占ってくれる人なんだけど……っと」


ガチャリ、不意に扉が開く。


「あー…………」


顔を出したのは、『普段なら』社会人系お姉さん、なのだろうが……今の顔はだらしなく崩れ、焦点も合ってなく、心ここに在らずという具合にフラフラと店を出て行った。

その姿は宛らゾンビ。


「い、今のは……?」

「ここの客は占い終わった後皆あんな感じになるんだ。命に別状無いから安心して。『痛いのは』最初だけ」

「い、一体何をされるのでしょう……」

「お楽しみに。さ、中入るよ」

「あの、予約の方は……?」

「『龍湖なら』大丈夫」

「は、はぁ……」


開いたままの扉から中へ足を踏み入れる。

ここは待合室だが、中は薄暗く、蝋燭が両壁に二本置いてあるだけだ。

基調とする部屋の色は赤。

壁もソファーもテーブルも、血のように赤い。

窓も無く、独特な香りのお香も焚かれていて、昼前だとは思えぬ妖しい雰囲気。

丁度、今は予約客もいない時間らしい。良いタイミングだ。


「マリアさーん、お邪魔してるよー」


何者かが入って来たのは気付いてるだろうが、一応、そこの扉の奥の部屋に居る店の主に声を掛けると……ギシリッ 椅子から腰を上げたようなスプリング音。


ギッ、ギッ、ギッ…………キィ――――


「……あらぁ? 若ぁ? どうしたのぉ?」


現れたのは、この占い屋店主であるお姉さん。

栗毛のフワフワ髪、白と青基調のシスター服、おっとりした雰囲気。

およそこの場に似つかわしくない清楚な聖女スタイルに、初めて来た客は店を間違えたかと焦るらしいが……。


「パパッと占って欲しいんだけれど、いいかな?」

「んー。このあと別のお客様も控えてるのよねぇ。第一、若が私の占いをする必要性なんて感じないしぃ、若の【鱗】には私の牙なんて刺さらないしぃ、そも牙なんて立てたら【王】に一瞬で察知されて物理的に消されてしまうわぁ」

「や、僕じゃなくこの子なんだけど」

「は、はじめましてっ」

「話を聞きましょうかぁ」


マリアさんの目が鋭くなる。

餌を見つけた捕食者の目に、龍湖が「ヒッ」てなった。


――奥の仕事部屋へと案内される僕達。


【棺型ソファー】に座り、掻い摘んでこれまでの経緯をマリアさんに話す。


「成る程、『変わった出逢い』なのねぇ二人共。いえ。若にとってはありふれた邂逅なのかしらぁ」

「そうでもないよ、新鮮で楽しかったし。で、本題だけど、この子ったら僕との恋愛運が気になるおませさんでね。思い浮かんだのがマリアさんだったんだ」

「光栄ねぇ、若にそう思われるだなんて。――龍湖さん、だったかしらぁ?」

「は、はいっ」

「緊張しないでぇ。リラックスリラックス。私が訊きたいのは一つだけよぉ。貴方……若の為に『何を捧げられるぅ?』」

「この先の時間全てです」

「重っ」


ノータイムでそんな事言われて引く僕だったが、マリアさん的に気に入った答えらしくクスクス微笑んで、


「若、こういう重い子好きでしょお?」

「限度があるんだよなぁ」

「逸材だと思うわよぉ、その思いだけは迷わず吃らず確信を持って言えるなんてねぇ。じゃあ、早速ヤりましょうかぁ」


ギッ――――椅子から立ち上がったマリアさんは、音も無く龍湖の背後へと周って。


「ふふ……綺麗なお首ねぇ(さわさわ)」

「あ、あの……? くすぐった」

「(カプッ)」

「うひゃあ!? 痛い!? め、寵さんっ、なんか噛まれましたけど!?」

「ふ? ひっへははっはほぉ? (ん? 言ってなかったのぉ?)」

「うん。龍湖、その人は夜の王『吸血鬼』でね。相手の血を吸って占う『血吸い占い』が得意なんだよ」


元々、海外で見た目通りの清らかなシスターをやっていたのだが、ある日吸血鬼に襲われ、人外になってしまったらしく。

聖職者でありながら鬼に堕ちたマリアさん、当初は幾度も自害を試みたが……元の吸血鬼が強過ぎた故か、陽の下に出ようが十字架を突き刺そうがニンニクを食おうが効果は無く……いつしか彼女も死ぬ事を諦め、吸血鬼を謳歌する道を選んだようで。

それが、いつの話かは訊いても教えてくれない。

だから年齢不詳。

まぁ、余裕で一世紀以上生きてるんだろうけど。

今では、吸血鬼にした張本人とも仲が良く、たまに飲みに行くんだとか。前に会ったけど凄い美人さんだった。


「ぁ、ぁ……なんだが……ふわふわ気持ち良……怖い……寵さ……手ぇ……」

「ほいよ(ギュ)不安がらないでも死にはしないよ。マリアさんの吸血は気持ちいいんだってさ」


マリアさんには好みがある。というかそれ以外口にしない。

【若い女性の血】だけ。

この情報で分かる通り、彼女が請け負う占い客は女性のみ。

ウェブ予約の時に送られた顔写真で判断するらしい。

なんで、飛び込みでもとびきり美少女な龍湖の依頼は断らないという確証があった。


「ん……は、ぁぁ……(クポッ)……何だかぁ、久し振りにご馳走にありつけた気分。貴方、【稀血まれち】ねぇ。『碌でもないのに目を付けられた』ワケだわぁ」


ネトリと血の付いたマリアさんの鋭い犬歯が艶かしい。

歯が抜けると同時に、龍湖の首筋についた歯跡はすぐに塞がった。傷跡も残さぬ匠の技である。


「はい、ジュースよぉ。少ししか抜いてないけど、一応ねぇ」

「は、はひ……」


息も絶え絶えに、渡されたグラスの中身――ブラッドオレンジジュース――をストローでクピクピする龍湖。

まるで献血後の光景だな。まぁ間違ってないけど。


「龍湖ー」

「ぁへー……寵さんですぅ……」

「いつまでも寝ぼけてんなっ(ペチンッ)」

「ぶへっ! ――はっ! 龍湖は一体!?」


両手でホッペ掴むだけで起きたか。上々。

大抵、気持ち良すぎて――さっき入り口で見たような――廃人になるからね(暫くしたら戻るらしいけど)。

少しは龍湖にも『抵抗力』があるようだ。


「あ! そうだ! ま、マリアさん! 『何が見えましたか?』」

「せっかちさんねぇ。少しは整理させて欲しいものよぉ。ふむ……『雨、神、オーラ』……思った以上に、貴方の血筋は複雑なようねぇ」

「す、凄いっ。『生まれの村の事』や『龍湖の事』は何も話してないのにそこまでっ」

「マリアさんは吸った相手の血を飲むだけで、凡ゆる情報を得られるんだ。病や寿命、やろうと思えばその者の過去どころか先祖の情報まで分かっちゃう」

「はえー、すっごい」

「それらを整理してこれからどう生きれば幸せになれるかをアドバイスしてくれるのさ。幸せってのは、ストレスの少ない生活って意味で、つまりは血流の負担にならない生活って意味。血が不味くなるのをマリアさんは良しとしないからね」


まぁ占いというか人生相談に近い。他の占いにも言えるけど。


「ストレスの少ない生活……ですが、望みや夢の為ならば多少の苦しさも受け入れるという方も居るのでは? 龍湖も、寵さんの側に居られるならば地獄も笑って歩けますよっ」

「一々重いなぁ」

「はっきり伝えておくけどぉ」


マリアさんは息をつき、


「若の側に居るってのは貴女が思う以上に困難な道よぉ? 地獄なんて可愛い道じゃないの。貴女は支えたい気持ちがあるんでしょうけど、貴女程度では何も出来ないでしょうねぇ。悩む若の相談相手にもなれないしぃ、若が窮地に陥ってもただ苦しみもがく様を見届けるしか出来ないのよぉ?」

「いや、僕そこまでシリアスなキャラじゃないんだけど」

「問題ありません」


龍湖は一寸の怯みもない真っ直ぐな視線を向けて、


「龍湖の出自を知って頂いたマリアさんならば『解る』筈です。龍湖が寵さんの側を望むその意味を。雨宿の女はそうする事が存在の『意味』で、それ以外の要素は『不要』だという事も。見届け受け入れるのが使命なのです」

「もう貴女の家に『その使命は無い』でしょお? 若に『解放』されたのだから」

「終わっていません。寵さんが新たな道を示してくれたのです。雨宿は何も変わらず『仕える』のみ。使命……、いえ、これは使命とは別なのかもしれません。龍湖が、生まれて初めて『そうしたい』と心から望んだのですから」

「幸せとは真逆な未来しか待ってないでしょうねぇ。あるのは悲惨な最後だけ。このままたまに遊ぶ友人止まり、が一番幸せよぉ?」

「龍湖が望むのは幸せな未来ではなく、寵さんの側で朽ち果てる悲惨な最後ですよ」

「迷惑だなぁ」

「……若。この子頑固よぉ?」


肩を竦めるマリアさん。


「エロい身体してるけど中身は生まれたばかりの子供みたいなもんだからね。そりゃあ我儘だろうさ」

「あ、あの……マリアさん? それで、肝心の……」

「ああ、若との相性だっけぇ? ……まぁ、やりたいようにやれば良いんじゃないかしらぁ?」

「今まで通りで良いという事ですねっ。ありがとうございますっ」

「占い師の癖に答え適当過ぎない?」

「いいのよぉ。相談者が欲しいのは、大抵、答えよりも肯定だからねぇ。自分の考えが間違っていないという肯定を望んでるのよぉ」

「自分の事も自分で決められないだなんて、女々しい人多いんだなぁ」

「全ての者が『若の家』のように厳しくないからねぇ。――さ。そろそろ次のお客様が来るからねぇ」


帰った帰ったと手を仰ぐマリアさん。僕達はソファから腰を上げて、


「ありがとうございますマリアさんっ。お陰で自信が持てましたっ」

「それは結構だけれどぉ……貴女がもっとも警戒すべきは、辛い運命や災厄じゃなく、若の【家族】なのよねぇ」

「え? ご家族?」

「気にしないでぇ、『すぐわかる』からぁ」

「? そうですか。それで、あの、今回のお代は……」

「本来なら血とGを頂くんだけどもねぇ、今回は若の紹介って事でサービスしてあげるわぁ」

「いえっ、必ず払いますっ。G、とかいうのを手に入れて払いますからっ」

「律儀な子ねぇ。いつでも良いわよぉ。貴女の事気に入ったから、この先若に捨てられたら眷属にして飼ってあげるわぁ」

「お気遣い感謝しますっ」


マリアさんの目はガチだったが、龍湖には伝わらなかったようで冗談として受け取ったようだ。

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