「次に行くのも良いけど、丁度ここはカフェエリアだし、少し一服を……ん? 丁度良いのが近くに『居た』ぞ」


僕の視線を追う龍湖。

直後「え!?」と目を見開く。


【樹】が歩いていた。


五メートル程の背丈。

剥き出しの根っこをワシャワシャさせ円盤掃除ロボの様に|――実際掃除もしながら――スイーッと前に進んでいる。

すれ違う客連中も思わず二度見するほどの奇っ怪な光景。


「ドリー。こっち来てー」


 僕の呼び掛けに、樹はこちらへ方向転換。

目は無いが、音と振動で目以上に分かるらしい。


「はわわ……動く樹は初めて見ました。ロボットとか着ぐるみ、じゃないんですよね?」

「うん。ただの食人植物モンスターだよ」

「変わった食事の嗜好な方ですね……わっもう目の前にっ。は、初めましてドリーさん、龍湖と申します……!」


カサカサと葉を揺らして返事するドリー。

因みに正式名称はドリアード。


「ドリー。ソフトクリーム貰うよ」


カサカサ……ドリーが葉の中からスルスルとひょうたん型の木の実を下ろし、目の前で止める。

僕はドリーの幹の皮をペリリと剥がし三角の筒状に丸めてワッフルコーン(食用可)のようにし、中目掛けひょうたんの中身を絞り出した。

先端からウニョニョと出て来る白いクリーム状の何か。

それをとぐろ状に巻いて……完成!


「はい、ソフトクリーム」

「今の一連のなんですか!? あ、冷たくて美味しい」


驚きつつもスイーツには目が無い龍湖。


「この子は別名『ウッドカフェ』とも呼ばれるグルメなモンスターでね。凡ゆるスイーツを全身から捻り出せる子なのさ。この枝だって、あ、貰うよ『ポキッ』あむっ……チュロスだったりするし、この流れてる樹液は『ヌリッ』蜂蜜みたいなシロップだったり」


一応パンフレットにも書いてあるし、お金を幹にある隙間に入れれば一般客も利用出来るのだが、あまり知られていない。

まぁ見た目なんか怖いしスイーツを出してくれるかはこの子の気分次第だし。僕には毎回出してくれるけど。


「ドリー、微糖のカフェオレちょーだい」


 カサカサ……カタッ……ジョボボボ……


「よっと。こんな風にコーヒーとか紅茶は、このお腹の穴から貰えるんだ。この紙コップもドリー製だよ。ん、うまい」

「はえー……一家に一本欲しい子ですねぇ」

「気難しい子だし、怒ったら『一つの国を滅ぼす』くらい生命の養分吸っちゃうよ。デレたら可愛いんだけど、魔物以外にゃ懐かないだろうさ」


ドリーの幹を撫でていると ポフンッ 頭に何かが落ちて来る。

これは……「あっ、寵さん素敵ですっ」麦わら帽子、だ。

即席で作ってくれたようだけど、初秋なこの季節に被るのもどうなんだ。まぁいいや。


「ありがとねドリー。じゃ、また」

「ありがとうございましたー」


カサカサ……ドリーは葉を揺らして返事する。

僕らが離れると、再びウニョウニョと散歩を再開したようだが、僕らの遣り取りを見ていたらしい他の客が近付いておっかなびっくり話し掛けても相変わらず無視していた。

木難しい。


「それはそれとして、チュロスにソフト付けて食べると美味しいよ、はい」

「あむ……んっ! モチモチとヒエヒエが合いますっ。……うん? あれ? み、見て下さい寵さんっ、あそこの大っきな置物の上にっ」

「あん? あらら」


他の客は【ソレ】にまだ気付いてない。

騒ぎになられても困るが。


「ど、どうしましょう? 女の子があんな高い所にっ」


龍湖の視線の先には一つの巨大なオブジェ。

一八メートルもある我がテーマパークの巨大マスコット像――元ネタは厳つい化物なのだが大分デフォルメされてる――のてっぺんである頭部に一人の幼女がよじ登っていた。

なんてアグレッシブ。


「あわわわ……お、落ちたら大変ですっ。でも、龍湖がこんな高いの登るのなんて無理ですし……あっ、強い風がっ……落ちっ……!」


風に煽られバランスを崩す幼女。

ふわりとそのまま紙のように落下する。

体重が軽いとはいっても、落ちたらとても助からないだろう。


「しょうがないにゃあ」


僕は手を上げ、遠くの幼女を掴むように『捉えた』。

直後、落下速度がスーッと落ち葉のように遅くなる。

さて、と。

メンドイけどあそこまで行かなきゃだよね。


「親方ぁ! 空から女の子がっ!」


どこぞの野次馬が気付く頃には、僕は既にオブジェの下でスタンバイ。

フワッと、幼女が僕の両腕に収まった。

お姫様抱っこ。

後ろで「流石寵さんっ」という龍湖の賞賛が気持ちいい。

一方の幼女(ピンク髪ツインテール)と来たら、


「あははっ! いまのなに!? すっごいたのしかったー!」

「こいつめ、なんて図太い性格してやがる。君、大怪我する所だったんだよ?」

「え? いまのおねえちゃんがやったの? もっかい!」

「お兄ちゃんだしもっかいはしねぇよクソガキ。で、君はあんなとこで何してたの?」

「んー、ままがまいごになっちゃって」

「なるほど」

「今ので分かるんですか!?」

「分かるでしょ」


という事で、幼女のママを探す。

素直に迷子センターに頼れば一発なんだけど、そこに行くまでメンドイ。


「な、成る程。高い所からお母さんを探していた、という事だったんですねっ」

「そ。で、お嬢ちゃん、まだ見つからない?」

「きゃはは! たかーい!」 こいつめ、折角僕が肩車してやってるってのに。

「あ、そうだ。龍湖、君の力で何とかならない?」

「龍湖の……? あ、なるほどっ、やってみますっ。お嬢さん、お手を拝借」


幼女の手を取って目を瞑り集中する龍湖。


「なにしてるのー?」

「このお姉ちゃんには君の手を握るとママの居場所が分かる能力があるんだ」

「げんてーてきー」


龍湖には、モノ(生物、無機物)から漏れる【気(オーラ)】を見る力がある。

元々この力【第三の目(サードアイ)】は龍湖が『生きる為』に使っていたものだが、僕の助言により、モノから伸びる【オーラの痕跡】を認識出来るようになった。

これを手繰れば、そのモノの通った道や触れたモノにナメクジが這った後のようなオーラが残り、探し物が出来るのだ。

数時間前彼女が――自らの体に付着したオーラを頼りに――僕を見つけた時のように。

オーラの色や波長は人によって違うらしく、一方で近親者のオーラは似ているようなので、近くに来ればすぐに分かるという。

対象者に触れていれば探す力はより強くなり、加えて今回の迷子のケースのように互いが求め合えばオーラは磁石のように引き寄せ合うので、再会は早いだろう。


「よーし。この子のママが迷子センターに駆け込むより早く再会出来るか勝負だっ」

「「おーっ」」


ツッコミ不在って楽だわぁ。


――まぁ、これだけ勿体ぶったわけだが、ママはすぐに見つかった。五分後くらい。


「ありがとうございますっ、ありがとうございますっ」


平謝りするママ。

何でも、飲み物を買ってる途中で幼女を見失ったとの事。

少しでも目を離したら想像も出来ない場所にワープする娘らしい。


「おねーはんはひー、まはへー」


僕のあげたチュロスをモグモグさせながら幼女は手を振り、ママと共に去って行った。

最後まで僕をお姉様と勘違いしたまま。


「少しの間でしたが楽しかったですねー。早く子供が欲しくなりましたっ」

「母性目覚めるのが早いよ。ま、このご時世、男の僕一人だったら通報されてただろう。変質者とか誘拐犯扱いされてたかも」

「そうなんですか? 寵さん、お綺麗で怪しさ皆無ですけど」

「周りの認識もそれならいいんだけどね。さ、それより、中断してた散策を再開するよ」


――キュッ


先を歩く僕の服の袖を不意につまむ龍湖。

なんだなんだ? 幼女みたいに甘えたいのか? なんて振り返ると、彼女の表情はどこか不安そうで。

少し、つまんだ指先も震えていて。


「……このまま、掴んでていいですか? 龍湖……今の力を使うと嫌でも『思い出し』ちゃって……」

「ま、そうよね」

「この幸せな時間が夢なんじゃないかって……目を開けたらまた『真っ暗な世界』になるんじゃないかって、不安になるんです……」

「馬鹿だなぁ」


僕は龍湖の手を取り、強く握って、


「時間は『可逆』なんだよ? 君が何かのキッカケで『あの頃に戻ってしまった』んならまた『今に戻せば』いい」


ま、僕の力の加護を受けた彼女だ、不幸なんてそう降り掛からないだろう。

害なす者=僕以上の存在なわけだが、そんな相手は【母親】と【あの人】と【仕事仲間】ぐらいだ。結構いるな。


「……本当に頼もしいです、寵さん」


震えが止まる。

僕が力で抑えつけたからやもしれん。

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