龍湖の家は神社だった。


鳥居や本堂など、いかにもな神社要素が揃っていたので間違いないだろう。

いや、日本には鳥居がある寺もあるらしいし寺かもしれん。どっちでもいいなっ。

本堂横にある住居の玄関で靴を脱ぐと、傘を差してたとはいえシットリ中まで浸水していたようで。


「うー、靴がー靴下がー。乾燥機みたいのある?」

「ございますよ」

 

下駄箱の横にあった靴乾燥機に靴を突っ込み、濡れた靴下を脱いだあと「こちらです」と案内する龍湖に素足でヒタヒタついて行く。

ガラガラガラ……その部屋の戸を引くと、何だか懐かしい香りが漏れ出た。

石油ストーブやらお茶やらお菓子の香りが交じった、おばあちゃんちの匂い。


「ぅん? よいしょっ……龍湖、帰って来たのかい?」


コタツで横になっていたお婆ちゃんは、こちらに視線を寄越して、すぐ面を喰らったような顔に。数秒固まった後、何か納得したように何度か頷いて、


「珍しいねぇ。外のお客様かい?」

「そうだよお婆ちゃん。あのバス停で困ってたようだから連れて来ちゃった。あ、立たなくていいから」

「いやいや……っしょっと。お客様なんだからお茶をお出ししなきゃさ。コタツにでも入ってゆっくりしていって下さいね」


ヨロヨロとポットに向かうお婆ちゃん。

手を出すのも逆に失礼なので、遠慮無くコタツにイン。

ストーブの風をパイプでコタツに送るタイプのようで、アチアチになったパイプに僕は靴下をのせ乾かさせて貰う。

淹れて貰った玄米茶で冷えた身体をポカポカさせ、「ふぅ」と一息吐いた後。


「寵さん。外のお話、聞かせて頂いて宜しいですか?」

「うん? 外ってのは僕の生活の話? 面白い話なんて出来ないけど」

「構いません。わたくし、この村の外を知りませんので。テレビは音だけ聞いてますが」

「そーなの?」


 お婆ちゃんを見ると、コクリ、渋い顔で頷き返された。

聞けば、そういう『決まり事』なのだと。

村の外に出られない。

よく分からないルールだ。

俗世で変な影響受けないようにっていう箱入り娘ならぬ村入り娘的な? 可愛いからあり得る。


「んー、僕はもう学生じゃなく社会人だから若者のキラキラした話題なんて捻り出せないけど……」


 それでも、と最近の流行りのスイーツだったりゲームだったり――僕の【姉妹】が好きな話題だが――職場の遊園地事だったりと、適当に。


龍湖が一番食いついたのは、プランテーションの話だ。


凡ゆる欲求を満たす夢の遊園地。遊園地が嫌いな人間は居ない。

当然生まれて一度も、日本のどの遊園地にすら足を運んだ事はない。

そんな、想像でしか楽しめない彼女に、そんな楽しい話題をするのは非道で残酷な事かもしれない。


「なら、今度案内してあげるよ。僕にはコネがあるからね」


それでも僕は、空気など読まず龍湖の閉じた眼前に小指を差し出した。

口元に驚きを浮かべる彼女。

「ありがとう、ございます」

お気遣いを、と。

龍湖はそう受け取ったのかもしれない。


「はい約束」


 僕は無理矢理彼女の小指を自分のと絡めた。

僕は約束を守る男だ。

僕に叶えられる範囲で叶えられぬ約束など無い。

そらそうだ。


「お客様。お風呂が温まりましたんで、入っていってくだされ。その間にお食事を用意しておきますじゃ」


と。

いつのまにか部屋から消えていたお婆ちゃんが、現れるなりそう勧めてきた。


グイグイくるなぁ。

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