一章 1 ーー二日前【前編】ーー

――二日前―― 【前編】


「んぁっ?」


……、……、ここ、どこだっけ?

何だか眠ってしまったらしいが、雨音で目が覚めた。

僕は今まで、戸の無い小屋? みたいな場所で寝ていたようだ。

……というか、バス停か、ここ。

少し、思い出して来た。

知らない山まで来た僕がのんびり散歩していたら、急に雨が降って来て、それで丁度見つけたこのバス停で雨宿りしてて……寝ちゃったみたい。

今何時だろ。

空曇っててよくわがんね。

多分……ああ、やっぱり。

昼過ぎだろうなとは思ったが、一五時か。

スマホは便利。

ここ圏外だけど。


んー…………


外、チラリと見回したけど、見事に、何も無い田舎道だ。

仙台だって街から離れりゃ東北らしい田舎が多いけど、これ程見事な田舎は探さないと無い。

このバス停だって、時間表の立て札が錆びてて何書いてるか分からん。

既に廃線となってるんだろう。

んー…………どうしよっかなぁ。

傘なんて持ってねぇし。

別に雨くらい『止ませる』のは簡単だけど……と。

焦る事なくそんな事をボーッと考えていた僕の耳に


コツ コツ コツ


雨音の中で、何故かハッキリと下駄の音。

音が近づいて来て――。


「こんにちは。お困り、ですか?」


バス停の中を、一人の着物少女が覗いて来た。

番傘を持ち、僕にニコリと微笑む。『目を瞑ったまま』。

不思議な空気を纏っていた。

顔立ち的に年下、だろうけれど、年上の妖艶さも兼ね備えた着物美少女。

妖しい魅力がある相手には共通して『陰』を感じる。

こんな田舎に現れたこんな小綺麗な少女。

ただ事じゃない物語の匂いがするぜ。

伝奇小説的な。


「こんにちは。お困りだね。どう帰ろうかと暗い気分になっていた所だ」

「でしたか。ならば、わたくしの家で雨宿りでもしませんか?」

「お言葉に甘えようかな。よっ」


 埃っぽいバス停のベンチから立ち上がり、お尻をパンパン払う。


「さぁ」


 手の平を差し出す少女の手を取り、傘の中に入れて貰った。相合傘。


――歩きながら聞いたのは、彼女の周囲に関する不思議な話だ。


「この辺りに村の者以外が迷い込むのは本当に珍しい事なのですよ。近寄れぬよう結界を張ってますので」

「へぇ。何かお宝でも守ってるの?」

「守っている、というより、祀っている、ですね。村には【神様】がいるのですよ」

「神様、ねぇ」

「そしてその神様は他所からの客人を嫌います。なので、人避けの結界、ですね」

「え。そんな村に僕を招こうっての?」

「御安心を。少しばかりの滞在ならば問題ない筈です」

「筈なのか……」


 ところで。


「ところで君、目瞑ったまま歩いて危なくない?」

「お気遣い、ありがとうございます。実はわたくし、『目が見えなくて』。後天な原因ですが」

「あー」


 やっぱり。

そうじゃないかと薄々勘付いてはいたが、しかし、確信に至らないワケもあった。

と、いうのも――。


「けど、杖とか持たなくて大丈夫なの? 随分とスタスタ進んでるけど」

「御安心を。わたくしの目は光の代わりに凡ゆる物体から漏れ出る気を受け通していますので、物体の輪郭ならば把握出来ます。それに、この辺りは何度と歩いたわたくしの庭。今更躓く事などありません」

「ふぅむ。つまり暗視カメラのようなボヤッとした映像を見ているわけか。不思議な力だねぇ」

「その気の揺らめきや色は人それぞれで、弱々しければその者は体調が悪いなどと分かったりもするのです」

「便利だねー。因みに、僕はどう見えてる?」

 

訊ねると、少女の柔らかだった口元は少しキッと締まって。


「気分を害されたら申し訳ないのですが……とても、同じ人間のソレと同等とは思えぬ輝きや神聖さ、力強さを感じます。眩すぎて、だからこそ遠くからでもバス停にいた貴方様を見つけられたのです。いえ、惹きつけられた、とでも言いましょうか」

「僕はさながら誘蛾灯だねぇ。で、実際こうして会ってみて、どんな印象?」

「……この感情をどう例えればいいのか分かりませんが……わたくしは今、気分が高揚しているのやもしれません」


彼女の手を握る力が少し強くなる。ああ、今更だけど。


「今更だけど、僕の名前は妃 寵(きさき めぐむ)ってんだ。一応(短い付き合いだろうけど)よろしく」

「雨宿 龍湖(あまやど たつこ)と申します。お姫様のような素晴らしいお名前ですね」


 さらり、彼女の海色の長髪が雨で揺れた。

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