9.終わりの始まり

 部屋に戻り、僕はラジカセの電源を入れ、初めから入っていたテープを再生した。

 美奈はタンスの前に置かれた小さな椅子に座り、よくラジカセの方を向いて歌を歌っていた。歌上手いね、と僕が言うと、歌手になりたかったから、と彼女は小さく微笑んだ。テープには、彼女が吹き込んだ歌が入っていた。

 基地へと辿り着いた時、僕は皆に言った。

 空へ飛び、あの穴を無事通り抜けられれば、選ばれた人間と同じ世界に行けるよ、と。

 僕は神様から、君は選ばれなかったんだよ、などと言われたことは無い。彼らがどうしてそんなにも必死に新しい世界へ行こうとするのかも、いまいち理解出来ない。そんなに死に物狂いで行くようなものでも無いはずだ。けれど僕の言葉のせいで彼らは空へと旅立ち、地に墜ちた。そのせいで僕は“死神”と呼ばれ始め、同時にクローザーという言葉が流れ始めた。けれど神谷達はそういった一連の流れの前から僕のことを“死神”と呼んでいた。どうして彼らだけそういった言葉を口に出来たのかは分からない。あるいは僕と彼らの結びつきが色々な意味で特殊だったせいかもしれない。

 君達は正しい。何もかも。そう言ってあげるべきだったのかもしれない。

 ここは“僕の世界”の中にある“閉ざされゆく世界”なのだろう。だから僕は何もかもを知っている。僕は嘘つきだ。けれど真実を伝えることはあまりにも愚かしい。そう分かっていたはずなのに、僕は朝倉さんに本当のことを伝えてしまった。僕はいつだって物事を中途半端にしてしまう。


 ……ねえ、どうして選ばれなかったの?

 ……どうして選ばれたの?


 それは、“僕”が君達を思い出にしまいと心に決めたからに過ぎない――。

 あまりにも残酷な、答えだったのかもしれない。そしてあまりにも残酷な救いだったはずだ。もうひとつの空へ向かえば、選ばれた人間と同じだなんて……。

 閉ざそうとした全てでさえ、僕はうまく閉ざせないでいる。僕がそんな救いを許しても、“僕”がそんな例外を許すはずが無い。けれど長い一年の間で、僕は様々なことを知った。“閉ざされゆく世界”に存在していた人々のこと、神谷のこと、朝倉さんのこと、佳孝のこと、そして美奈のこと。僕が知らなかったことがいっぱいあった。意外なところに、本当に大事にしなければならないことがたくさんあった。どうしてこんな回りくどいシステムになったのか、それは分からない。けれどこの世界は紛れもなく、僕にとってひとつの現実だ。苦しみも絶望も、僅かな愛しさも。だからこそ、僕は覚悟を決めていた。

 僕は“死神”のまま終わる気は無い。クローザーとして、全てに決着をつけてみせる。


「美奈……」


 君が死んでしまったことから全ては始まった。君は歌うことが好きだった。自分の歌をテープに録音していつだって“僕”に聞かせてくれた。ある日突然、目が覚めたら事故で死んでしまっているなんて卑怯だと思った。でも僕も同じぐらい卑怯で、そして君とは違って最低の人間だった。

 全てを失くした後で、 “僕”には大切なものなど何ひとつ持てないのだということを、改めて思い知らされた。

 耳を澄まし、美奈の歌に集中する。それが砂嵐の音や電話の音、イヤリングの音などを掻き消してくれる。彼女の声は繊細で柔らかく、美しい。僕は彼女の座っていた椅子に腰掛け、ラジカセを抱えるように、小さなタンスに突っ伏して目を瞑った。

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