8.繋がらない世界に咲く花
二人の遺体を草原に埋めた。適当なお墓を作り、地面に文字を描いた。名前。随分と前から知っているような気になる、二人の名前。
周囲の景色に変化は無く、草原と地平線があるだけだ。こんなところで眠って彼らは満足なのだろうかと一瞬考えたが、そもそもここ以外にもはやまともな場所も無いのだ、という現実に思い至り、地面から膝を離した。“死神”としてずっとずっとこうしなければならなかったというのに、僕が殺した人間は数人に過ぎない。自分の怠慢さに、少しだけ嫌気が差す。
何もかも僕が決めたことだ。それをしっかりやり通そうとしないから、様々なものが不完全に失われていってしまうんだ。
風の音がした。その音に紛れて、ザザアザアザアザという音と、ルルルルという音と、ピイィンという音が聞こえた。僕は神谷のことが嫌いだった。彼のイヤリングは僕が殺した女の子の物だったし、彼が身に纏っていた服は佳孝の物だった。彼は最後の最後まで生き続けたし、朝倉さんまでを抱き、僕に日本酒をくれた。僕は心の底から神谷のことが嫌いだった。神谷を殺す想像までしたことがあった。日本酒は、二人のお墓に染み込ませた。
その場を立ち去ろうと踵を返した僕は、ふと何かが違うことに気がついた。一年間ここで毎日歩き続けた結果、僕は世界の成長が止まってしまっていることに気がついていた。草の長さは変わらず、新しい何かが生み出されることも無い。けれど僕は今、目の前の大地に、小さな花が咲き始めていることに気がついた。
僕の記憶に間違いがある可能性もある。僕は絶対的な人間ではないし、例え僕がそう信じていても本当は随分と前からそこに花が咲いていた可能性だってある。成長が止まっていることはどう考えたって事実だが、花が咲いていたのは見逃したのかもしれない。
けれど少なくとも僕の記憶では、そこに花は無かった。小さな蕾を膨らましている花など、見たことが無かった。僕はそれを見てまた少し泣きそうになり、ポケットから携帯電話を取り出して番号を入力した。
ルルルル、ルルルル……。
僕の携帯番号には、小杉美奈の名前が二つ登録されている。初めから登録されていたものと、後から意味も無く登録したものと。
ルルルル、ルルル、ぷつん……。
僕はそっと電話を切ると、ゆっくりとした足取りでその場を後にした。
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