6.死神
街を歩き続けて、やがて僕はある場所に辿り着いた。
広大な土地を占める、よくテレビなどに出てきた航空基地。僕の住んでいる街の名が知られているとしたら、この基地のせいだと言っても過言では無いだろう、有名な場所だ。子供の頃よく通っていたその場所は、僕にとってひとつの憧れだった。空を駆ける機体が彼方を飛翔していると、どこかとんでもないところへ、夢みたいな場所へ行ける気がしていた。
僕がそこへ着いた時点で、基地には何人もの人が集まっていた。まるで決められた集合場所に集まるかのように、どこからともなく。
その人々はこう言っていた。
周囲の景色が徐々に失われ、何も無い地平線が広がっていく。絶望したやつは自殺し、かろうじて生き残った者だけがここに残っている。あの空に浮かぶ巨大な雲に空いた小さな穴、その先に見えるもうひとつの空のある世界に選ばれた人間はいる。我々は神の裁きによって選ばれなかった人間なのだ――と。
その時はまだ、クローザーという言葉は口にされてはいなかった。ただ選ばれなかった者として僕らは、寄せ集まっていたに過ぎない。
ただ僕は、死にたくなっていた。狂ってしまいそうだった。何もかも突然すぎて現実味が無く、何かを壊したいという衝動だけが溢れていた。もしその時僕が銃を持っていたなら、その場にいた全員を殺していたかもしれない。
基地の壁に寄りかかり、長い草の中に身を潜ませていると、足音が近づいてくるのが分かった。顔をあげると、神谷と朝倉さんと佳孝、そして美奈が立っていた。
「よう、初めまして。選ばれなかった人間、整理番号112番ってとこかな、神谷雅人です。よっろしくー」
緊張感の無い口調で神谷は言った。口元にはいつも通りのよくわからない微笑が張り付いていた。目だけは鋭く、赤茶色の髪が陽に当たって眩しい。背後には唇をぎゅっと噛み締める朝倉さんと、彼女への対応に困っている佳孝の細い顔と、美奈の不思議そうな眼差しがあった。
「唐突なんだけど、ひとつ聞いていいかな?」
「……どうぞ」
神谷が口を開こうとした。いつも通りの笑みが消え失せたのは、美奈がそっと手を伸ばし、彼を遮ったからだ。
美奈は神谷の前に出て彼を一瞥すると、静かに首を横に振った。神谷は肩を竦めてへいへいと呟き、お邪魔虫は消えるよと言って僕らから遠ざかっていった。朝倉さんは何かに堪え切れなかったのか泣き出し、佳孝が彼女の体を支えるようにして抱き抱え、彼女を慰めた。
美奈だけが希望や絶望、あるいは無表情といった隠蔽から逃れられていた。彼女が浮かべていた表情の色はただひとつ、純粋な疑問だけだった。
「私から聞くね。ええと……名前、教えてもらえる? さっき、街の中で会った人だよね?」
「……名前なんてどうでもいいよ。質問、どうぞ」
彼女のハスキーな声に頭がくらくらとし、僕はそれだけしか言葉を返せなかった。
「私は、小杉美奈。よろしく」
「……よろしく」
「ええと、貴方が“死神”?」
僕は押し黙った。
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