5.夢の中で出会った
朝目が覚めたら、ベッドで眠っているのは僕だけになっていた。
“閉じられた世界”の一日目、とでも言えばいいのだろうか。昨日までは隣で確かに恋人が眠っていたはずなのに、微かに温かいシーツが広がっているだけになっていた。それどころか、音という音は無く、あまりにも静かすぎた。窓を開けると眩しい陽光が差し込み、風景は変わらない気がした。どこにでもある住宅街だ。ただ違和感はあった。それに気づくには、僕の十七年間はとても平凡だったし、とても大きな波乱があったとしても、それは世界を揺るがすような代物では無かった。
リビングへと向かい、朝食を一人で食べた。両親は旅行で出かけていなかった。静寂に満ちた食卓は居心地が悪く、味だけがやたら感覚を鋭く尖らせていた。
本を買いに行こうと玄関を出て、そこで初めて違和感に気がついた。
――ビル群が無くなっていた。
彼方に見えるはずの高層ビルが全て消え失せ、大きな雲の塊が空を覆っているのが目に留まった。空の青に深く塗り潰された雲の上に重なるように真っ白な雲があって、その中心にぽっかりと空いた空洞があった。光が溢れ出すそこには、何か神秘的なものを感じさせる雰囲気があり、ある種の歪な不気味さのようなものを兼ね備えていた。
僕は街を歩いた。人を見かけない。車も通らない。ウインドウから見えるファーストフード店内はがらがらで、大抵の店は開いていない。まるで深夜のような街並みだ。彼方の空は相変わらずで、ビルは僕の見間違いで消えたわけじゃない。夢にしてはあまりにも長く、五感に伝わる全てのものが生々しかった。
僕は近くの石段に腰掛け、携帯電話をポケットから取り出し、覚えているボタンを押した。
ルルルル、ルルルル……。
誰にも繋がらない。そもそもこの電話はどこに繋がって、誰の下へ届くのだろう。
そこでようやく一人、人間を見つけた。僕の恋人だ。
僕は大きく手を振り、名前を呼んだ。けれど彼女はそっと振り向いた後、不思議そうに首を傾げた。そうして立ち去ろうとした。
人違いをしたのか、と僕は考えた。けれど僕は視力には結構自信があるし、そっくりさんでもない限り自分の恋人を見間違えるはずがない気がした。だから僕は念の為に彼女の携帯へと電話をかけた。
ルルルル、ルルルル……。
数秒してから、彼女が僕の方へと振り向いた。僕は鳴り続けていた電話を切り、そっと腕を下ろした。
彼女は冷たい目で僕を見つめ、ぼんやりとした様子でもう一度首を傾げ、そうしてゆっくりと口を開いた。
「貴方も神様に選ばれなかったんですか?」
僕の知っている彼女の声が、まるで慣れない言葉を発するかのように、ひどく歪に響いた。
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