第22話「……きぐるみパジャマ」
「なにもないっすけど、適当に座ってくつろいでください」
「おー、本当になにもないね」
私は今、要の家に来ている。
世田谷さんに焼肉をごちそうになったあと、なんだかひとりで家に帰るのが寂しくなった私は、要の家に泊めてもらうことにしたのだ。
「片付けられない人間なんで、物をなるべく置かないようにしてるんすよ」
「なるほど。でもなんか想像と違った」
私は室内を見渡す。
要のことだから服は脱ぎっぱなし、雑誌やペットボトルがそこらへんに転がった足の踏み場もない部屋だと思っていた。
だが実際はその逆。まるでミニマリストのような部屋だった。
整頓された配信スペース。ギタースタンドに立てられたギターが3本。3段のカラーボックスがひとつ。そして──。
「巨大ベッド」
「キングサイズっす。あたし実は王様だったんすよ先輩」
「なんてこった!──じゃあ王様、お茶」
私は雑に驚きながら床に腰をおろし、自称王様にお茶を注文する。
「了解っす。──テーブルテーブルっと」
要はベッドの下から折りたたみテーブルを引っ張り出す。
そして脚を広げて私の前へと置く。
「そこが四次元ポケット?」
「多少物は入ってますけど、四次元ってほどじゃないっすよ」
要はベッドの下をのぞきこむ私に笑いつつ冷蔵庫へと向かう。
ふむ、たしかにいくつか箱はあるけれど、未来的な道具はなさそうだ。
「『どこまでもドア』も『タケノコプター』もないっすよ先輩」
戻ってきた要はベッドの下をのぞきこむ私に笑いながら声をかける。
「えー『もしかしたらボックス』はー」
私は残念がりながら顔を上げる。
「ないっす──はいお茶どうぞ」
「ないのか……。お茶ありがとう」
要はテーブルにお茶の入ったグラスをふたつ置き、テーブルをはさんで私の向かいに腰をおろす。
「よし、とりあえず乾杯しよう。配信大勝利を祝そう」
「ん……そうっすね」
要は私の乾杯の提案に少し目を泳がせる。
「?──じゃあ、乾杯」
「乾杯っす」
私は要の仕草に疑問を覚えつつもグラスを手に取り乾杯の音頭をとる。
そして要とグラスを合わせお茶を飲む。
「ふぅ……。──いや〜それにしても3D配信楽しいね。トラブルも無かったし、大勝利にして大成功でよかったよ」
私は今日の配信を思い返して満足満足と頷く。
「あー……っすね」
要はそんな私とは対照的になんだか歯切れが悪い感じだ。
「ん? どうかした? もしかして、実は裏でトラブル起きてた?」
私は要の歯切れの悪さに思い当たる節がなく不思議に思う。
どうしたんだろう? トラブルは無かったと思うんだけど。
強いていうなら、二葉さんが“白百合きなりのヨーチューブアカウント”で『お尻! お尻! ヒップ! ヒップ!』という荒らしまがいのコメントを、30秒に1回のペースでしていたことは問題だったとは思うけど。
まあそれも数回目で世田谷さんにアカウントブロックされて、コメント出来なくなっていたから、要が歯切れ悪くなるほどの大事ではないはずだ。
「あの、先輩、──今日は本当にすみませんでした」
私がどうしたのだろうと考えていると、要は私に謝り頭を下げた。
「え? なになに、どうしたの急に。謝られる心当たりがないんだけど」
「いや、あの……嘘ついて、おにぎり食べさせたやつっす」
要は私から目をそらし、バツが悪そうに頭をかく。
「あっそれか。──大丈夫だよ、それはもう。悪気があったわけじゃないってのはわかってるからさ」
「いや、それはそうなんすけど……」
私はもう気にしていないことをつげるが、要はまだ申し訳なさそうだ。
「実際あれでつかみはよかったから、いい演出だったってことにしておくよ。──ただこれからは、もう少し考えてから行動しましょう」
私は要のしたことを許しつつも、叱られないと申し訳なさを引きずりそうな要のために、軽く注意も口にしておく。
「はい、気をつけます。ありがとうございます」
要は反省し再び私に頭を下げる。
「うむ、わかればよろしい。面を上げい」
「ははー」
要は私の寸劇に付き合いつつ頭を上げる。
その顔にはいつものような笑顔があった。
「よし──じゃあちょっとお風呂いれてきますんで、待っててください」
「ん、わかった。ありがとう」
私は立ち上がりお風呂場へと向かう要を見送る。
そして姿が見えなくなったらすかさずベッドの下をのぞきこむ。
四次元ポケットを再び調査開始だ。
ふむ……箱、収納ケースがぱっとみ4つか。中は見えないけど、宝箱は一体どれだ。
「──『ジャンボライト』も『ミニマムライト』もないっすよ、先輩」
早くもお風呂場から戻ってきた要は、再び笑いながら私に声をかける。
この早さ……さては家を出る前にお風呂の掃除は済ませていたな。
「えー『全訳コンニャク』はー」
私は四次元ポケットの調査を諦めて顔を上げる。
「ないっす──あ、そうだ。いいものあったの忘れてた」
要はなにかを思い出したのか、かがんでベッドの下の収納ケースをひとつ引っ張り出す。そして中から服を取り出す。
「──じゃじゃーん! 先輩、これ、パジャマにどーぞっす」
要取り出した服を広げて手に持ち、私に見せる。
「……きぐるみパジャマ」
「そうっす。猫のきぐるみパジャマっす。──ちなみにあたしのはドラゴンっす」
要は猫のきぐるみパジャマを私に押し付け、自分用のドラゴンのきぐるみパジャマを手に取り広げて私に見せる。
「……着ない」
「ダメっす。着るっす。あたしも着るんでおあいこっす。──はいジャーンケーン──」
「ポン」
私は急なジャンケンの合図に反射的にチョキを出してしまう。対する要の手はグーだ。
「……くっ、ジャンケンで負けたなら仕方がない」
「ふっふっふ。きぐるみジャンケンリターンズもあたしの勝ちっすね」
要は私がバイト先できぐるみを着た時のことを引き合いにだす。
これで私の戦績は2戦0勝2敗だ。
「まあ要もドラゴンのやつ着るならいいけど」
「着ます着ます。きぐるみパジャマパーティーっすね。──今度他のメンバーともしたいっすね」
「あ、それいいね。弥生は犬で二葉さんはうさぎ。千歳さんは羊で──って動物園かっ」
私は全員が動物の格好をすることに気がつき、ノリツッコミまがいのことをしてしまう。要はそれに吹き出し笑いだす。
私もそれにつられて笑いだしてしまい、部屋には私と要の笑い声がこだました。
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