第23話「音楽の幅を広げるために」
「もう3ヶ月たつんすね、先輩がカラフルに入ってから」
「3ヶ月……もうそんなにたったんだ」
私と要はベッドの中で天井を見つめ言葉をかわす。
お風呂にも入ったしきぐるみパジャマも着たし、あとは寝るだけといった状況だが、3D配信の熱がまだ残っているのか私も要も寝付けずにいる。
「どうでしたこの3ヶ月。Vチューバーになって、活動してみて」
「『Vチューバーになって活動してみて』か……。うん、楽しかった。見てくれる人も応援してくれる人もたくさんいて、わいわい配信できて。──誘ってくれてありがとう、要」
「いえいえ、楽しんでもらえているならなによりっす」
私は身体を横にして要を見ながら感謝をつげた。
すると要も身体を横にして私を見ながらニッと笑う。
「ねえ、要はなんでVチューバーになろうと思ったの?」
私はこれまで弥生や二葉さん、千歳さんにしてきた質問を要にしてみた。
一番近くにいて一緒にいる時間も長いのに、なかなか聞くタイミングがなく今まで聞きそびれていたのだ。
「あたしっすか? あたしは音楽の幅を広げるために、Vチューバーになろうと思ったんすよ」
「音楽の幅を広げるため」
私は要の言葉を復唱する。
音楽は要の本業というか、もっとも力を入れている活動だ。Vチューバー“青藍みそら”としても最大の武器である。
「先輩、知ってます? 実はあたし“自分のヨーチューブチャンネル”も持ってるんすよ」
要はニヤリと得意げに笑う。
「あー……うん知ってる。見つけたの最近だけど」
「え〜知ってたんすか〜。絶対驚くと思ってたのに〜」
要は目論みが外れ悔しそうに身体を揺らす。
「まあ、あたしが先輩の過疎過疎チャンネル見つけられるくらいなんで、バレてても不思議ではないっちゃないっすけど」
「過疎過疎言うな。二重にするな」
私は跳ねるように身体を上下に揺らしベッドを振動させ、抗議の意思を要へと送る。だが要は意にも介さず楽しげに笑う。
「それでその自分のチャンネルはVチューバーになる前からやってまして、オリジナル曲投稿してるんすけど、イマイチ伸びなくて」
「過疎過疎だったの?」
私は仕返しとばかりに先ほど要に言われたことをそのまま口にする。
「限界集落の先輩のチャンネルよりかはマシでした」
「限界集落言うな。人口を減らすな人口を」
私は再び跳ねて抗議する。
だが当然効果はなく、ただただ要が楽しげに笑うだけだった。
「それで『どうしたものか、何かいい手はないものか』って考えてた時に、カラフルの募集見つけて、それで応募してみたんす」
「なるほど。──でも音楽やるならレーベルとかいう、音楽事務所みたいな所のオーディションを受けた方がいい気がするんだけど、なんでカラフルに応募したの?」
私は疑問に思ったことを要に聞く。
青藍みそらのデビュー時期を考えると、要がカラフルに応募したころはVチューバーの知名度は低かったはずだ。音楽活動に適しているとはとても思えない。
「もちろんそれも考えたっす。でもその時のあたしは結構行き詰まってて、とにかく新しいことを始めて、新しい自分の音楽、新しい自分の可能性を探してみたかったんすよ」
「だから当時目新しかったVチューバーを選択した──と」
「そういうことっす」
要は私の言葉にこくりと頷く。
「結果的にその選択は大正解でした。青藍みそらっていう新しい自分になって、今までとは違う音楽を生み出せて、たくさんの人に曲を聴いてもらえてるんで」
要はとても嬉しそうな顔をする。
「それに加えて青藍みそらのことを色々と調べて、あたしにたどりつく人もたくさんいるみたいで、あたし個人のチャンネルの登録者数も一気に増えて、豊島要として作った曲もたくさんの人に聞いてもらえるようになって、もう万々歳っす」
要はふふんと鼻を鳴らしにんまりと笑う。
「ただ──」
だが直後、途端に要は顔と声のトーンを曇らせた。
そしてゴロンと寝返りをうち、仰向けになり天井を見つめる。
「万々歳ではあるんすけど、正直、複雑な気持ちもあるんすよ」
「複雑な気持ち?」
私は要の横顔を見ながら言葉を繰り返す。
「はい。──みんながあたしの曲、青藍みそらと豊島要の曲を聴いてくれるのは、“青藍みそらのキャラクター的な人気のおかげ”であって、“ミュージシャンとしては評価されてないんじゃないか”っていう気持ちっす」
要はそう言うと天井に向かって右手を伸ばす。
そして一度こぶしを握り、再び開くと手を下ろした。
「贅沢な悩みだってのはわかってます。ミュージシャンなんて掃いて捨てるほどいる世界で、たくさんの人があたしの曲を聴いてくれている。それだけで十分にありがたいことだって。でも……うん。実際、どうなんだろうなって、感じなんすよ」
要は寝返りをうち私の方を向く。
その顔には、悲しげな笑みが浮かんでいた。
「要…………えい」
私はもぞもぞと要に近づき、要を抱きしめた。
「ん……なんすか、いきなり……」
要は一度身じろいだがそれ以上のそぶりはみせない。
「私は口下手だから、要の悩みを解決してあげられるようなアドバイスも、元気づけてあげられるような言葉もうまく出てこない。──だから抱きしめることにしました。これが頼りない先輩である私が、今出来ることの全てです」
私は要をぎゅっと抱きしめる。
「ん……なんすかそれ……ずるいっすよ」
要はそう言うとぎゅっと抱きしめかえしてきた。
「──ありがとうございます、先輩。嬉しいっす」
要は私の胸に顔をうずめ、安堵したような声でつぶやく。
おろ? なんだかかわいいぞ? 我が内なる母性がくすぐられるぞ。
「おーーよちよち、いい子いい子」
私は自分の感情に素直に従い、赤子をあやすような声を出し要の頭を撫でる。
「ぶふっ! ちょっ、せんぱーい、せっかくいい雰囲気なんすからそういうのやめてくださいよー」
要は私の声と行動に吹き出し、ブーブー言いながら私を抱きしめたまま身体を揺らす。
「あははっ、ごめんごめん。要が弱ってるの初めて見たから、ついかわいがりたくなってさ」
「かわいがってくれるのは嬉しいっすけど、あたし赤ちゃんじゃないっすよー」
「はいはい。よちよち、よちよち」
「せーんーぱーいー」
要は再び身体を揺らす。
私は要のその仕草がやけにかわいく思えて笑ってしまう。
「なに笑ってんすかー」
「なんでもないでーす」
私は笑いながら要のマネをして身体を揺らしてみる。
要は再びブーブー言うが私と同じく笑っている。
たまにはこうして要をかわいがるのも悪くないな。
私はそんなことを思いながら、笑う要を抱きしめるのだった。
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