チャンネル登録者数13人の底辺配信者の私が、後輩に誘われて所属メンバー全員チャンネル登録者数100万人超えの大人気Vチューバーグループの一員に!?
第20話「3Dお披露目配信にようこそおいでくださいました!」
第20話「3Dお披露目配信にようこそおいでくださいました!」
「はい、オーケーよ。──うん、問題無し。あとは配信開始を待つだけね」
機材の方から世田谷さんの楽しげな声が聞こえてきた。
「よし! ワクワクしてきた!」
私はシャキンシャキンと適当なポーズを決めはりきる。
すると、前方にある2台のモニターのうちの1台に映る錫色れんがの3Dモデルも同じポーズをとり、やる気に満ち満ちた様相だ。
そう、今日私はカラフルのスタジオから、錫色れんがの3Dモデルお披露目配信を行うのだ。
普段の配信で使っている2Dモデルとは違い、3Dモデルは全身が動く。
基本、身体を動かすとテンションが上がってしまう私は、もう今か今かと配信を待ちきれない状態である。
「ふふ、楽しみそうね、和泉ちゃん」
機材を操作していた世田谷さんが私のもとにやってきた。
「それはもう! 楽しみで仕方ないですよ! ほら見てください! 錫色れんが動きますよ!」
私は軽く反復横跳びをする。
世田谷さんはそんな私とモニターに映る錫色れんがを見てほほえむ。
「もう、楽しいのはわかるけど、配信前にそんなに動いたら疲れちゃうわよ」
「あ、そうですね。楽しくてつい」
私は反復横跳びをやめ息を整える。
「──で、要はなにしているの」
「なにってそりゃあ、先輩の面白い動き撮ってるに決まってるじゃないっすか」
世田谷さんの隣でスマホを私に向ける要は、さも当然のようにそう言い放つ。やっぱりか。まあ気づいてはいたけど。
「あと天の声兼アシスタントっす」
要は今日の自分の仕事をついでのように付け加えた。
そして私の撮影には満足したのか、スマホをポケットにしまう。
「天の声か……。私、テンション上がっちゃうと多分なんでもオーケーしちゃいそうだから、ほどほどにしてよ」
「大丈夫っすよ。二葉さんじゃないんで安心してください」
要は右手の親指を上げて私に向ける。
今日の配信は3Dで全身が動くということもあり、スクショタイムをかねたポーズ指定コーナーがある。要はそのコーナーで、賑やかしとして声だけ出演する予定だ。
「まあ、たしかに。二葉さんじゃないから平気か」
私は要の言葉に納得してしまう。
二葉さんは基本かわいい人だが時たまおっさんと化し、酔うとそれがさらに顕著になる。
コラボ配信をした時は、「おぅ姉ちゃん、いい尻してまんなぁ。グヘヘヘヘ」とか言いながら私のお尻を触ってきた。
「今日の配信もお酒飲みながら見てると思うんで、コメント欄は警戒しとくっす」
要は笑いながら敬礼をする。
「そうね、あまりにもはしゃいでいるようなら、ブロックも選択肢にいれておくわ」
世田谷さんもほほえみながら、冗談っぽくそう口にする。
私と要はそれを聞き声をそろえて笑った。
◇◇◇◇◇◇◇
「……さすがにちょっと緊張してきた」
私はカメラの前でイスに座り、配信開始時間を待っている。
「せーんぱい。お腹減ってないっすか?」
要は天の声とアシスタントとしての準備を終えたのか、私の隣にやってきた。
「ん? お腹は──ちょっとへってる」
私はお腹を触りながらそう答える。動作確認ではしゃぎすぎたか。
「ふっふっふ……そんな腹ペコあおむしさんにはこちら!──ジャジャーン! おかかのおにぎりっす! あとお茶も」
「……おにぎりか」
私は要が自慢げに見せつけてくるおにぎりを見て、軽くトラウマがよみがえる。初配信の時やらかしたからなぁ……。配信とおにぎりの組み合わせにはいい思い出でがない。
でも正直食べたい気持ちはある。これから1時間は動きっぱなしだろうから、エネルギーは補給しておきたい。
「要、いま何時かわかる?」
私は要に時間をたずねる。
配信開始5分前になったら、世田谷さんが私のところに来る手はずになっている。おそらく、そろそろその時間のはずなのだ。
「今っすか? えーっと──18時45分っす」
要はポケットからスマホを取り出して時間を確認した。
「あと15分か。──じゃあもらおうかな、おにぎり」
「了解っす! あとお茶もどーぞ」
「ありがとう」
私は要からおにぎりとペットボトルのお茶を受け取る。
いやはや、なんと気の利く後輩だこと。──いや、今の状況的には先輩って言った方が正しいか。
「いえいえ。んじゃあたしはこれで。グッドラックっす!」
要はニッと笑い、小走りで去っていった。
「ではありがたく。いただきます」
私は優しい先輩に感謝しつつ、おにぎりの外装をはがしまずは1口。ノリがバリバリっと小気味良い音を立てる。うん美味しい。
それにしてもいい音するなこれ。ノリバリバリ音ASMRとかありか?
私はぼんやりとたあいのないことを考えながら、合間にお茶をはさみつつ、おにぎりをもぐもぐと食べ進める。
ふぅ……なんかまったりしてきた……。──って、いかんいかん。これから配信なんだからまったりしてどうする。NOまったり。YES気合。
私は気持ちを切り替えるため、おにぎりの残りを口にほおばる。
ふぐ……ちょっと多かったか……。
思っていたよりもおにぎりの量が多く、私のほほがハムスターのようにふくらむ。
そういえば、何か食べたり飲んだりしてる時って3Dだとどんな感じになるんだろ。私はふとそんなことが気になり、モニターを見てみる。
「──んぐっ!?」
私はモニターを見て驚愕した。
より正確にいうならば、2台のモニターのうちの1台、コメント欄が映し出されるコメント確認用モニターを見て驚愕した。
なぜなら、コメントが高速で流れていたからだ。
この流れの速さは、確実に配信が始まっている。
私は慌てて機材のところにいる世田谷さんと要の方を見る。
そこにはとても申し訳なさそうな顔をする世田谷さんと、テーブルにつっぷしプルプルと小刻みに震える要の姿があった。
「──っ!!」
やられた! 18時45分ってのは嘘か! 優しい先輩だと思った私の気持ちを返せ!──っていうかいつから配信始まって、いや今はそんなこと考えてる場合じゃない!
私はペットボトルのフタを開け、お茶でおにぎりを胃に流し込み、イスから勢いよく立ち上がる。
デジャブ! 初配信でやったぞこれ! ええい! ままよリターンズ!
「はいどうもー!! お待たせいたしました! 本日は我が輩こと錫色れんがの3Dお披露目配信にようこそおいでくださいました! え? なんか食べてたって? 初配信で同じの見たって? へいへいへいなに言ってんだいなに言ってんだい。集団幻覚集団幻覚。いいかい諸君、この配信のあと絶対に我が輩の初配信を見返すんじゃないぞ。いいね、我が輩との約束だぞ」
私は初配信時と同じように、まくしたてるように言葉をつむぐ。
「そんなことよりどうだい、我が輩のこのプリチーかつスタイリッシュなパーフェクトボディは」
私はシャキンシャキンシャキンシャキンと、変わる変わるポーズをとり、とにかく動き回る。考えたら負けだ。動け動け。
「とまあみなさん大好きスクショタイムはあとでやるとして。まずはこちらをお楽しみください。──ミュージック! スタート!」
私のかけ声とともに、軽快でリズミカルな音楽が流れだす。
おにぎりパニックのせいでゴリ押し感満載だが、もともと始まりの挨拶は手短に済ませ、まずは踊って、動き回る錫色れんがを見てもらう流れだから、配信自体はつつがない進行だ。よし、ちゃんと今回は冷静だぞ。初配信とは違うのだよ初配信とは。
「レッツダンシング!」
私はディスコキングさながら人差し指を天高くつき上げ声高らかに宣言する。そして土曜日の夜に熱狂的に踊りだすのだった。
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