第19話「桜に誘われて」

「この丸いのが玉サボテン。長いのが柱サボテンで、平たいのがウチワサボテン。代表的なのはこの3種類だろう」

「へぇ〜、形によって名前が違うんですね」


 私と千歳さんはソファから離れ、窓際にある3段のフラワースタンドの前でサボテンを見ている。


「サボテンといえばトゲが特徴的だが、トゲが柔らかかったり、トゲが無いものも存在しているのだよ」


 千歳さんは目を細め、愛でるようにサボテンを見る。


「この丸くて大きいサボテンすごいですね。これぞサボテンって感じで」

「そうだろうそうだろう。この子は『金鯱きんしゃち』といってね、サボテンの王様とも呼ばれているすごい子なのさ」


 千歳さんは誇らしげな顔をする。


「Vチューバーになる前から、サボテン育ててるんでしたっけ?」

「ああ、その通り。──とはいえ、最初はひとつの小さなサボテンを窓際に飾っていただけだったのだがね。それが段々と増えていって、Vチューバーになってからは色々教えてくれる人もいて、加速度的に増えてしまったよ」


 千歳さんは「困った困った」と口にするがとても楽しげだ。


「そういえば、千歳さんはどうしてVチューバーになろうと思ったんですか?」


 私はタイミングがよさそうだったので、今まで弥生や二葉さんにも聞いてきたことを千歳さんにも聞いてみた。


「私がVチューバーになろうと思った理由かい? ふっふっふ、実はだね、これも君と同じなのだよ。君が要君に誘われたように、私も桜に誘われてVチューバーになろうと思ったのさ」


 千歳さんは私を見ながらニヤリと笑う。


「え! そうだったんですか」

「ああ。ある日突然、桜に『ねえ千歳、Vチューバーって知ってるかしら?』と聞かれてね。──正直、当時はまったくと言っていいほど知らなかったのだが、桜から色々と話しを聞いて、面白そうだと思ってね。それで桜と一緒にカラフルを立ち上げて、私はVチューバーとして活動を始めたのだよ」


 千歳さんは当時を懐かしむように目を細める。

 

 というか千歳さん、今さらっと言ったけど、桜さんとカラフルを立ち上げたって、それもまたすごい話しだよな。

 創業者にしてカラフル最初のVチューバー。レジェンドだ。


「とまあ、始めたのはよかったのだが、最初は大変だったよ、本当に。初配信なんかは同接8人だったからね。『末広がりで縁起がいいわ』なんて桜は言って、私も笑ってはいたけど、内心まったく不安がなかったかと問われれば、答えは当然そんなことはなく、不安はあったさ」


 千歳さんは苦笑いをする。

 同接一桁。今の長春ゆるしではとうてい考えられない数字だ。

 

 だが長春ゆるしがデビューした当時は、Vチューバーという存在がポツポツと現れ始めたVチューバー黎明期。インターネットの片隅の本当に小さな存在で、長春ゆるしも小さな存在だったのだ。


「最初は今のような配信主体ではなく動画が活動の中心で、桜と一緒になにをしようかと頭をひねったものさ」

「配信は月末に1回するくらいでしたよね」


 私は千歳さんの話しに黎明期のVチューバー界隈のことを思い出す。

 当時は3Dモデルを使い、アプリや小ネタ、しゃべりといった10分未満の動画の投稿がVチューバーの活動の中心だった。

 

 それがいつからか、2Dモデルを使い、2時間を基本とする雑談やゲームの実況配信を活動の中心とするVチューバーが増えはじめたのだ。


 今ではすっかり後者の方が主流となり、“Vチューバーの活動=配信”が定着している気がする。


「その通り。詳しいじゃないか和泉君。──そんな感じに、鳴かず飛ばずの活動を半年ほど続けて、私も桜も打開策を考えていたころ、要君が入ってきたのさ」

「要──青藍みそらの加入ですね」


 私は千歳さんの話しに合いの手を入れる。


「そう。そしてカラフルにとって大きな転換点でもある。要君は動画ではなく配信を活動の中心にして、他のグループのVチューバーとのコラボも積極的に行った。さらに自慢の歌声でカラフルを引っ張ってくれた」


 千歳さんは当時の要の活動を語る。


「あの時、もし要君が入ってこなかったら、おそらく今のカラフルの人気はないだろう。いや、もしかしたらカラフル自体がなかったかもしれない。──私も桜も、要君にはとても感謝しているのだよ」


 千歳さんは今日一番の真剣な顔で要への感謝を口にする。


「要……そんなにすごい感じだったんだ……」


 私は要がカラフルにとってそれほど大きな存在、キーマンだったとは思ってもいなかったため、感嘆の声をもらしてしまう。

 なんだかちょっと見直したぞ要。よし、今度パスタを大盛りにしてあげよう。


「もちろん感謝しているのは要君にだけではない。弥生君は得意のゲームと英語で、カラフルの海外人気獲得のきっかけを作ってくれた。二葉君は──まあ、色々ありはしたが無事に解決して、結果的にカラフルの知名度が向上したから、おおむねよしとしておこう」


 千歳さんは二葉さんの炎上に関しては少し苦笑いをするが、「あれもいい思い出さ」と、どこか嬉しそうな声で口にする。


「そして和泉君。君にも感謝しているよ」

「えっ? 私にも……ですか?」


 私は身に覚えのない感謝をされて戸惑う。


「当然じゃないか。君がカラフルに入ってくれたおかげで、みんなとても楽しそうだよ。桜はなにやらたくらんでいるし、要君も君の話しを配信でよくしている。弥生君と二葉君は君とのコラボのあと、私に自慢げにメッセージを送ってくるし。みんな新入りの子猫ちゃんに夢中さ」


 千歳さんは優しく私にほほえみかける。


「もちろん、みんなの中には私も含まれているよ。今日、君とこうして話しが出来て、私はとても嬉しい。そしてなにより──」


 千歳さんは優しくほほえんでいた顔から一転、いたずらを思いついた子供のようにニヤリと笑う。


「な、なんでしょうか……」


 私は千歳さんのその顔を見て嫌な予感がしてうろたえる。

 要が“いいこと”を思いついた時にする顔だぞ……。


「今夜のASMR配信が楽しみだ」

 

 千歳さんは本日二度目の悪い顔。

 世界を牛耳る秘密結社のボスのようにニヤリと笑う。


「ぐ……やらなきゃ……ダメですか……?」

 

 私はなかば記憶から消去していた、今日千歳さんの家に来た理由を持ち出され、うろたえるとともに、ささやかな抵抗を試みる。


「ふっふっふ、もちろんではないか。和泉君、ASMRは錫色れんがのキャラではないだろう? 優しく甘くささやくわけだからね。しかも、今日が初めてときた。これが楽しみでなければなんといおうか!」


 千歳さんはまるで今日という日を神に感謝するかのように、両手を大きく広げて天を仰ぐ。


「くっ…………」


 私は両手両膝を床につき、この世に神など存在しないとばかりに嘆く。

 千歳さんといるとつい大仰な仕草にのってしまう。


「さあさあ! 早速練習しようではないか!」


 千歳さんは床で嘆く私を、まるで猫を抱えるようにひょいと持ち上げ、胸に抱きかかえる。


「うー……やれるだけやりますぅ……」

 私は抵抗は無駄だと判断して観念することにした。


「よし! いい子だ! ではゆこう、配信ルームへ!」


 千歳さんは高らかにそう宣言すると、私をしっかりと抱きかかえて歩きだす。杉並和泉、もはやここまで。私はなすすべなく千歳さんに運ばれていくのだった。


◇◇◇◇◇◇◇


「おーい、和泉くーん。生きているかーい?」

 ソファにうつぶせで倒れこんでいる私の頭上から千歳さんの声がする。


「いきてません……」

「よし、生きているね」


 千歳さんは蚊の鳴くような声でうめいた私の発言を華麗にスルーする。

 千歳さんとASMRの練習──という名のただの音量チェックをした私は配信に臨み、たどたどしくリクエストされたセリフを囁いた。


 そして配信が終わった結果が今の状態である。

 いやもう……思い出しただけで顔から火が出そうですよ……。


「なにを恥ずかしがることがある。素晴らしい。初々しくて最高の一言だったよ。ちなみに私の個人的ベストは、後輩が先輩を応援する感じでとのリクエストに答えた『先輩、がんばってくださいっす』が──」

「あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁあああ゛ぁあ」


 私は千歳さんによる、今日の配信振り返り攻撃に大ダメージをうけ、耳をふさぎ足をバタバタさせ、声にならない声をあげてのたうちまわる。


「ふふっ。いや、すまない。あまりにもかわいかったものでね。まあ気持ちはわかるよ。私も初めてASMR配信でリクエストされたセリフを読んだ時は、配信後とても恥ずかしかったよ」

「うぅ……なら口に出さないでくださいよ……」


 私はソファにうずめていた顔をあげて千歳さんを見る。


「すまないすまない。ついね。──さあさあ、お風呂も沸いていることだし入ろうではないか」


 千歳さんは話しを切り替え、私を持ち上げ抱きかかええる。

 なんかだっこされてばかりな気がする。


「……わかりました」

「よしよし。入浴剤はなににしようか。温泉の素、柑橘系、ハーブ系、などなどよりどりみどりだ。お姫様はどれがお好みだい?」

「温泉の素で……」

「うむ、承った。──では今日は温泉で一緒に温まろうではないか」


 千歳さんは意気揚々と私を抱えて歩く。

 ──ん? ちょっと待て。今『一緒に温まろう』って言ったか?


「弥生君と頭を洗いっこしたそうじゃないかね」

「えっ!? なんで知ってるんですか!?」


 千歳さんは私の疑問に対してまるで先手をうつかのように、私と弥生が初めてコラボ配信した夜のお風呂での出来事を口にする。


「ふっふっふ、弥生君が自慢げに教えてくれたのだよ」


 千歳さんは悪人笑いをして情報源を暴露する。


「いやはや、仲が良くて実にうらやましい。ぜひ私とも──と言いたいところだが、親しき仲にも礼儀ありだ。プライベートなことだからね。無理にとは言わないさ」


 千歳さんは抱きかかえていた私をおろし、腕でどうぞとうやうやしくお風呂場への道を示す。


「あ、いや、別に一緒に入って頭洗いっこくらいなら……」


 私は急におろされて少し寂しい気持ちになり、一緒に入ることは問題ないと千歳さんにつげる。


「そうかい? ありがとう。──ではお手を」


 千歳さんはまるでダンスへと誘うように手を差し伸べてくる。私はその手をとり一緒に歩きだす。

 あれ? もしかして上手いことのせられたか、これ? 

 

 私はしてやられた気がして、隣を歩く千歳さんの横顔をちらりと見る。

 その横顔は楽しげでとても嬉しそうなものだった。

 ……まあいいか。でも頭洗う時、ちょっとわしゃわしゃしとこ。

 私は小さなイタズラ心を胸に秘め、千歳さんと手を繋ぎお風呂場へと向かうのだった。


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