第16話「もうわけがわからないわVチューバー!」
そう二葉さん──白百合きなりはカラフルで唯一、過去に炎上した経験がある。そして私はカラフルの一ファンとして、リアルタイムでその炎上を見ていたりする。
ある日、白百合きなりはあきらかに酔った──いや、誰がどうみても泥酔状態で配信を始めたのだ。
呂律は回っていないし、身体はふらふらふらふらと揺れ続け、視点も定まらないTHE・泥酔。
今までのアイドル然とした清楚な姿やしゃべりから一転、ジェットコースターのような激しい喜怒哀楽でゲームをプレイ。そして心配するコメント欄に逆ギレをして大喧嘩。さらには配信開始から30分で気絶するように寝落ちする始末。
最終的にはカラフルの社長である世田谷さんが家に来て、チャイム連打で起こされ、部屋に入った世田谷さんが謝罪する事態になったのだ。
この配信は当然炎上──いや大炎上。タムッターやまとめサイトで一気に拡散され大きな騒動となった。
私は一ファンとして、とてもハラハラして気が気ではなかった。
「あの時は本当にみんなに迷惑をかけてしまって、合わせる顔もなかったし、私がカラフルを辞めることで炎上がおさまるなら、辞めるつもりでいたわ」
二葉さんは先ほどまでのハイテンションが一転、目を伏せ震える声で話す。
「でもみんな……『大丈夫』って……『辞めなくていい』って言ってくれて……私……」
二葉さんはポロポロと涙を流し嗚咽をもらす。
「それで私……みんなにお願いして、『白百合きなりにとって最後のわがままになるかもしれないけど、私のお願いを聞いてほしい』って言って、“あの謝罪配信”をさせてもらったの」
「……あの“伝説の謝罪配信”ですね」
「そうよ……。もしあの配信でまた炎上したら、さすがに責任をとって辞めていたわ」
二葉さんは涙をぬぐい顔をあげる。
白百合きなりの伝説の謝罪配信。
それは、“お酒で失敗したのに謝罪配信でお酒を飲む”という、とんでもないものだった。
冒頭は当然、謝罪から始まった。これは至極あたり前の行動だ。
だがその後『みなさんに大事なお知らせがあります』と宣言してから、誰もが予想外の急展開が幕を開けた。
突然、缶ビールとグラスのイラストが画面に出現し、缶ビールのフタが開く『プシュッ』という音と、ビールをグラスにそそぐ『トクトクトクトク』という音が鳴りひびいたのだ。
そして『みなさん、今日からこのチャンネルの名前は“きなりのベッド”あらため、“きなりの酒場”です』とチャンネル名の変更を宣言。
さらに続けざま『はい、ということで──かんぱーーーい!!』と、高らかに言い放ち、『ゴクゴクゴクゴクゴクゴク』と、ビールを一気に飲む音が響きわたったのである。
お酒の謝罪配信でお酒を飲む。反省の色ゼロというとんでもない行動。
当然この謝罪配信も大きな話題となり、ネットの世界で一気に拡散された。
泥酔配信時同様、私は気が気ではなかったのだが──。
「でも炎上するどころか、逆にウケて人気が出るっていう……。もうわけがわからないわVチューバー!──っていうかVチューバーファンの思考と嗜好! よっ! 上手い! 座布団1枚!」
二葉さんは自分の言い回しにひとりで盛り上がり、グラスに日本酒をドボドボとそそぐ。
そう、謝罪配信はとんでもないものだったが炎上はせず、逆に振り切った行動がウケたのか、白百合きなりの人気は急上昇したのだ。
おそらく、今のカラフルの人気と知名度で同じことをしたら、大炎上は免れないだろう。だが当時のカラフルは、台頭しつつもまだまだマイナーグループ。
加えてネットの良くも悪くもノリで動く性質がいい方向に作用した、奇跡の展開である。
「まったくどうなてんでい世界!──って、昔話してたらもう配信始まりそう! レッツチャージ!」
二葉さんはグラスをあおり、日本酒をグビグビとすごい勢いで飲みだした。
「ちょっ!? 飲み過ぎですって!」
私はまだ配信が始まってもいないのに、まったくペースを落とさずお酒をがぶ飲みする二葉さんを静止する。正直、今更感もあるが。
「大丈夫大丈夫! 泥酔はしないって決めてるから!──ほら和泉ちゃん! 寄って寄って!」
「うわっ!?」
二葉さんはグラスの日本酒を飲み干すと私を抱き寄せる。
そしてぎゅーっと引っ付いてくる。
「んふふふふ〜ラブラブ〜」
二葉さんはそう言うと、パソコンの画面に映る錫色れんが白百合きなりの位置を調整して、今の私と二葉さんのようにピッタリとくっつける。
「んふ〜、じゃあ配信始めま〜す。ぽち〜」
二葉さんは幸せそうな顔をしながら、配信開始ボタンを押す。
さっきまですごいパワフルにしゃべっていたのに、今はまったり夢心地みたいなテンションだ。
本当に感情の緩急がすごいな。これは……配信中もだいぶ大変なことになりそうな予感……。私は少し不安を覚えつつ、配信に臨むのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「ほら二葉さん、起きてください」
私は床につっぷす二葉さんの身体を揺らす。
配信は20分ほど前に終わり、食べて飲んで歌ってと、常時ハイテンションだっだ二葉さんは、配信終了後すぐ力尽きるように床に倒れ込み、ぐーぐーと寝息をたてはじめた。
「んぁ〜……起きてぅ〜……」
「起きてないですー」
私は配信終了直後は、いきなり眠った二葉さんを心配したが、少し様子をみて大丈夫そうだと判断して、まずは後片付けを開始した。
そしてそれがひと通り終わった今は、二葉さんを起こすフェーズだ。
「ほーら、寝るならベッドで寝ましょうね」
「んぅ〜……」
私が話しかけながら身体を揺らしていると、二葉さんはのっそりと身体を起こした。
「ん〜ふふふふふ〜」
二葉さんは目を閉じたまま楽しそうに笑いながら、身体をゆらゆらと左右に揺らす。意識はあまり覚醒していない雰囲気だ。
泥酔はしないって決めてるって言っていたから、大丈夫だとは思うんだけど。
「んふぇ〜泥酔しちゃった〜」
二葉さんはとても幸せそうな声で私の期待を全否定した。
ちょいちょい、話しが違うぞ。
「泥酔はしないんじゃなかったんですか……」
「だってぇ〜和泉ちゃんがいるんだも〜ん」
二葉さんのにへーっと、だらしのない顔で笑う。
「ほら、寝るならベッドで寝ましょうね」
「おふろ〜」
「そんな状態じゃダメです。明日の朝にしましょうね」
私はあやすように二葉さんへ言葉をかける。
「うぃ〜」
二葉さんは私の言葉に、声なのか音なのかよくわからないもので返事をした。
そして服を脱ぎ肌着姿になると、のそのそとベッドに向かい潜り込んだ。
「いっしょにねよ〜」
二葉さんは掛け布団から顔だけ出すと、舌ったらずな声で私に呼びかけてくる。
「はいはい。もう少し片付けしたら私も寝ますから。おやすみなさい」
私はベッドに近づき二葉さんの頭を撫でる。
「んふふ〜わかった〜おやすみ〜」
二葉さんはふにゃっとほほえむと、目を閉じてすぐに眠りにつく。
すーすーと、規則正しい寝息が聞こえる。まったく、困った人だ。
私は二葉さんの寝顔を見ながら苦笑いをするも、不思議と優しい気持ちになる。
「さて、と」
私は二葉さんを起こさないよう、静かに日本酒のビンやテーブルの上のお皿を台所へ持っていく。
「ふわぁ……」
私はひとつあくびをする。うん、私もだいぶ眠くなってきた。
片付けももう終わるし、早々に寝るとしよう。──電気電気っと。
ビンやお皿を置いた私は部屋の電気を消す。
「おやすみなさい」
私はベッドですやすやと眠る二葉さんの寝顔を見ながら、小さな声でそうつげる。そしてテーブルの横でクッションを枕にして寝転がり目を閉じる。
ふぅ……大変な配信だった……。でも、すごく楽しかった。
料理も「美味しい美味しい」って言って、たくさん食べてくれたし。
私は今日一日を振り返り、とても満たされた気持ちになる。
うん、今日はいい夢がみれそうだ。
私はまどろみながら、幸せな気持ちで眠りにつくのだった。
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