第15話「アイドルになりたかったからに決まってるじゃないの!」

「はい、お待たせしました。これで全部出来ました」

 私は料理を終え、最後の品をテーブルに置き腰をおろす。


「おぉ〜いい匂い〜。なになに? 焼うどん?」

 二葉さんは早速お箸を手にとり、食べようとにじり寄ってくる。


「はい。青ネギと油揚げの焼うどん──いなり焼うどんです」

 

 私は簡単に料理の説明をする。

 濃縮昆布つゆにお酢を少し混ぜた調味料で味付けをして、さっぱり感を足したこの焼きうどんは、私の得意料理のひとつだ。


「なるほど! じゃあいただきま〜す」

 二葉さんはちゅうちょなくお皿を手に取り、焼うどんを食べ始める。


「どうですか? お口にあいますか?」

「んふふふふふふ〜」

 

 二葉さんはもぐもぐしながら満面の笑みを浮かべる。

 よかった、どうやら口に合ったようだ。

 

「あんまり配信始まる前に食べ過ぎないでくださいよ。──って、なんかもう結構色々減ってますね……」

 

 私は焼うどんをもぐもぐする二葉さんを軽く静止しつつ、テーブルの料理に目をやった。どうやら作ったそばから、二葉さんはちょいちょいつまんでいたようで、割と料理が減っている。まあ出来立てを食べてもらった方が、嬉しいは嬉しいんだけどね。


「和泉」

「え?」

 

 テーブルの上の料理を見ていた私は、急にいい声で名前を呼ばれて、声がした方を見る。するとそこには真剣な顔で私を見つめる二葉さんがいた。


「和泉──結婚しよう」

「ええっ!?」

 

 二葉さんは私と目が合うと、再びいい声で私の名前を呼び、そしてプロポーズをしてきた。


「いやいやいや、急にどうしたんですか?」

 私は真剣な顔でおかしなことを言いだした二葉さんに問う。


「だって〜こんなに美味しいご飯作ってくれるんだもん〜。それってもうプロポーズじゃ〜ん。だから私もプロポーズしたの〜」

 

 二葉さんは真剣な顔から、先ほどまでのニヤけたへべれけ顔に戻り、ふにゃふにゃしながらよくわからないことを言いだした。

 その理論でいくと、私は要と弥生にもプロポーズしたことになってしまうのだが。


「とまあ、冗談はさておき。実際ほんとに全部美味しい。オサケ、ススム、オサケ、ススム」


 二葉さんは最後なぜかロボっぽくなり、グラスに入った日本酒をぐいっとあおる。そして空になったグラスに日本酒をドボドボとそそぎさらに飲む。


「──はぁ〜…………ダメだ。このままではまずい。酔っ払ってしまう。──和泉ちゃん! なんか! なんかしゃべって!」


 二葉さんはまたしてもよくわからないことを言いだした。


「ええっ!? な、なんかってなんですかなんかって?」

「なんでも! なんでもいいから! しゃべって気をまぎらわせないと、私このままじゃ酔っ払っちゃう!」

「いやもう酔っ払って──」

「いいから! 細かいことはいいから!」


 私は二葉さんの急な無茶振りに慌てる。

 なにかしゃべってって言われても……あ、そうだ。


「二葉さんは、なんでVチューバーになろうと思ったんですか?」

 私はこの間、弥生にもした質問を二葉さんにもしてみることにした。


「ん〜? 私がVチューバーになろうと思った理由? そりゃあもちろん! アイドルになりたかったからに決まってるじゃないの!」


 二葉さんは私の質問に気合十分、拳をグッと握り答えてくれた。


「私、中学生のころからアイドル目指してがんばってたの。歌も踊りもたくさん練習して、とにかく全速前進アイドル一直線って感じだったのよ」


 二葉さんはそう言うと立ち上がり、ステップを踏み身振り手振りを加えて踊りだす。それなりの量のお酒をすでに飲んでいるはずなのに、その踊りにはキレがあった。

 

 だがさすがに動くと酔いで目が回るのか、「うぃっ」と短くうめいたあと、踊りをやめ腰をおろした。


「うっぷす……。で、こんな感じで日々がんばってたんだけど、全っ──然人気でなかったのよ! 参っちゃうわ! わはははははは!……はぁ〜〜」


 二葉さんは高笑いしたあとため息をつき、しょんぼりとうなだれる。

 そして日本酒をグビリと1口。


「まあそんなこんなで、売れないアイドル活動は二十歳でやめたわ。人間、夢ばかり追ってたら食べていけないもの。悲しいけれど。それで大学卒業後は、今勤めてるお洋服屋さんに就職したの」


 二葉さんは顔をあげ、目を細めてそのころのことを思い出すかのように、遠くを見る。


「でも就職してから半年くらいして、Vチューバーのことを知って『これだ!』って思ったの。食べていけないなんて理由をつけて、諦めたフリしてたけど、やっぱり諦めきれなかったのよ」


 二葉さんは困ったような顔でやれやれと肩をすくめる。


「それでいろんな事務所のオーディションに応募したわ。そしてあっちこっちのオーディションに落ちて、唯一拾ってくれたのがカラフルだったの」


 二葉さんは両手をすり合わせて「感謝感謝」と口にする。


「それでVチューバーになって活動始めたんだんだけど、もう全っ───然人気でなかったわ。アイドル目指してたころの二の舞よ! てやんでいちくしょう!」


 二葉さんは日本酒をあおり、グビグビと一気に飲み干す。

 えぇ……しゃべって気をまぎらわせないと酔っ払っちゃうって言ったのに……。しゃべっててもすごい飲むじゃないですか……。


「それでもうあれよ。活動始めてから半年くらいして、ちょうどその時お仕事も上手くいってなかったから、毎晩やけ酒してて、『人気もでないし、もうどうにでもなーれー』って酔ったまま配信しちゃったの。──で、その結果があの“大炎上”」

「大炎上──あの“泥酔配信事件“ですね」

「ザッツライッ! それそれ!」


 二葉さんは大正解とでもいうように、テンション高く両手の人差し指で私をビシッと指し示す。


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