第13話「んー、なんとなく……かな?」
「はぁ……ホラーか……」
私の隣にいる弥生がため息をもらした。
「だいぶ
私は弥生に声をかける。
配信開始まであと10分。腹ごしらえを済ませた私と弥生は、パソコンの前でイスに座り待機している。
「うん……。あー……別のゲームにしない? せっかくのコラボなんだから、もっと楽しいゲームがいい」
「う……ダメ、です。弥生が普段一切やらないホラゲー配信だから、みんなも楽しみにしてるだろうし、諦めてくださいなたねの先輩」
弥生は子犬のような眼差しで私を見て、今日の予定変更を提案する。
私はその眼差しに一瞬心が揺らぐも、弥生をなたねの先輩と、錫色れんが的に呼ぶことでなんとか乗り切る。
ふぅ……危ない危ない……。子犬モードはずるいぞ……。
「うぅーー……」
弥生は私に変更を断られたことでがっくりとうなだれる。
これは相当きてますな。配信始まる前からこの状態だと、さすがにテンションが低すぎてまずいかな?
「ねぇ、弥生はなんでVチューバーになろうと思ったの?」
私は弥生の気をまぎらわすため、そして個人的にも興味があることを、弥生に質問してみた。
「ん? なんでVチューバーになろうと思ったか?……んー、なんとなく……かな?」
弥生は少し考えるように小首をかしげつつそう答えた。
「なんとなく?」
「うん。『これからどうしようかな、なにしようかな』って考えてたとき、たまたまカラフルの募集みつけて、それで応募してみたの」
弥生はその時のことをひとつひとつ思い出すように話しだす。
「募集みつけたのが高3の冬で、私その時、実は進路が決まってなくて」
「それは……やりたいことがなかったから、とか?」
「うん、そんな感じ」
弥生は私の問いに頷く。
「それでネットで色々、なにか面白いことないかなって探してたら、カラフルの募集みつけて。Vチューバーのことは知ってたし、しゃべるのには自信なかったけど、ゲームだけは得意だから、他にやりたいことも無かったし、なんとなく試しに応募してみたの」
「そしたら受かった、と」
私は弥生の話しに合いの手をいれる。
「うん。でも正直、受かるとは思ってなかったからびっくりした。面接でも上手くしゃべれなかったの覚えてるし。──それで受かって、配信始めたけど……うん。最初はひどい配信だった。思い出したくないくらいに」
弥生は当時を思い出したのか苦笑いをする。
「でも、配信続けていく内に少しずつしゃべれるようになって。英語でも配信したり、エナドリの動画あげたりもして。それで少しずつ見てくれる人も増えていって。──うん、嬉しかったし楽しかった」
弥生はイスの背もたれに軽く体重を預け、ほほえみながら少し顔をあげる。
「Vチューバーになった理由はなんとなくだけど、なってよかった、なれてよかったって思う。たくさんの人と好きなゲームで繋がれて、すごく楽しい。それに──」
弥生はそこで一度話しをとぎると、私の方をチラリと見る。でもすぐに視線をそらす。
「それに、和泉にも、会えたし……」
弥生は少しうつむき目を伏せながら、恥ずかしそうに小さな声で、そう口にした。私はその言葉に照れつつ、あまりのかわいらしさに弥生の頭に手を伸ばし、よしよしという感じでなでる。
「ありがとう弥生。──じゃあ今日は出会えた記念に、ホラゲーがんばろっか」
「うぅーそんな記念はヤダー」
私が冗談混じりにそう言うと、弥生はなでられている頭を軽く振り、抵抗の意を示す。だが「ヤダ」と口にしたその声は、私には少し楽しげに聞こえた。
◇◇◇◇◇◇◇
「おーい、弥生ー、生きてるー?」
私は隣に座る弥生の身体を揺らす。
「…………」
弥生はイスの背もたれによりかかり、顔を両手で覆い上を向いたまま固まっており、反応は返ってこない。
まあさっき配信終わったばかりで、まだ抜けた魂が戻ってきていないのだろう。配信中はつねに私の服を握って、声にならない声で怖がっていたわけだし。
「あ……あ……」
「あ、復活しそう」
弥生は声なのか息なのか、よくわからないものを口からもらし、顔を覆っていた手をおろす。
「はぁーーー…………終わった…………」
弥生はがくっと力なくうなだれる。
「お疲れ様でした」
私は
今日の配信時間は約2時間。
弥生のいつもの配信時間、4〜5時間からすれば短いものだが、苦手なホラーゲームだったからか、だいぶお疲れの様子だ。
「疲れた……見てただけなのに疲れた……」
弥生はうなだれたままつぶやく。
そう、今日の配信、ゲームのプレイは私が行い、弥生は横でゲームを見るのが主なお仕事だった。あとリアクション。
なぜそういう配信の仕方になったのかというと、弥生が「私が操作したらオープニングから進まない」と言ったからである。
「よしよし、お疲れお疲れ。でも今日の配信、いつもと違う弥生──なたねの先輩の一面を引き出せたから、配信としては大成功。かつ、我が輩としても大満足だったでやんす」
私は錫色れんがっぽくそう言いながら、うなだれている弥生のほっぺを人差し指でぷにっと押す。
「んー……それなら、怖いの我慢したかいがある──ような気がする」
弥生は顔をあげ、複雑そうな笑みで私を見た。
そして「よいしょ」と言いながらイスから立ち上がると、私の服のすそをつかんでくいくいと引っ張った。
「ん? どうしたの?」
私はその行動の意味がわからず、弥生にたずねる。すると弥生は廊下の方をチラリと見る。──ああ、なるほど。うん。ホラーゲームやったからね。
弥生の行動の意味を理解した私はイスから立ち上がる。
「……お風呂もひとりじゃ怖い」
「ん、わかった」
「あと……ひとりで寝るのも……」
「よしよし、今日はお姉ちゃんと寝ましょうね」
「同い年だから。……一緒には寝るけど」
私と弥生は寄り添うように歩く。
なんだろう、私に妹はいないんだけど、非常に姉心がくすぐられる。
一緒にお風呂か……よし、頭を洗ってあげよう。
あとはパジャマも着せてあげよう。うんうん。──って、それはさすがに嫌がられるか。でも頭を洗ってあげるのはセーフだよね?
だってお姉ちゃんだもん。うん。お姉ちゃんじゃないけどお姉ちゃんだからなにも問題はない。うん。よし。
私はひとりで支離滅裂な思考回路をもとに結論をだし、うんうんと頷き、弥生とのお風呂タイムを楽しみにするのだった。
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