第9話「なんか食ってて草」

「画面よし、マイクよし。──おにぎりよし」

 

 私は指を差しながら、まもなくにせまった初配信の最終確認を行う。

 現在の時刻は19時55分。私の初配信は5分後、20時からスタートだ。


「ふぅ……大丈夫、大丈夫……」

 私は自分に言い聞かせるようにそうつぶやく。


 昨日、要と踊ってある程度の不安は解消されたが、それでもやっぱり不安はあるし、始まる直前のこの緊張はどうしようもない。


「あ、あ、あ。うん。よし」


 私は声をだして落ち着こうと試みるが落それも上手くいかず、イスから立ち上がりパソコンの前をうろうろと歩きまわる。

 正直、このままどこかへ走って逃げたいくらい緊張している。


「大丈夫、大丈夫……」

 私は今日何度目かもわからない、大丈夫という言葉を口にする。


「スゥ〜…………ハァ〜…………よし」

 

 ひとつ大きく深呼吸をした私は、覚悟を決めてイスへと座る。

 配信開始まであと3分。

 

「へいへいへいへ〜い! 楽しんでいこうぜ〜!」

 

 私は身体を左右に大きく揺らしながら、自分を鼓舞するかのように声をだす。すると、パソコンの画面に映る錫色れんがも身体を大きく揺らし口を動かす。

 

 それを見た私は、なんだか妙に落ち着いた心持ちになる。

 私の中のスイッチが切り替わった気がする。


「よし! それじゃあおにぎり食べますか!」


 私はキーボードの横に並べたおにぎりをひとつ手に取る。

 そして外装をはがしかじりつく。するとのりがバリバリッっと小気味良い音を立てる。


「うむ、新鮮で良き味じゃ──って、もう時間じゃないっすか。よし! それじゃあ配信始めちゃいますか! あそーれポチッとな!」


 私は配信開始ボタンをクリックする。

 そして数秒の間ののち、画面に映るコメント欄が一気に加速した。

 どうやら無事に配信は始まったようだ。


 私はホッとしておにぎりに再びかじりつく。

 具のおかか、そしてご飯とのりが、口の中で絶妙な三重奏をかなでる。

 やっぱりおにぎりはおかかに限る。さてさて、どんなコメントが──。


『なんか食ってて草』


「──ふぐっ!?」

 

 私はコメント欄を見ておにぎりを吹き出しそうになった。

 今までなぜかほうけていたが、『なんか食ってて草』という、今の私をピンポイントにとらえたコメントを見て、“もう配信が始まっている”という事実を、遅ればせながら脳がようやくしっかりと認識した。

 

 いやもう配信始まってんじゃん! なんで私おにぎり食べてんのっ!?

 どうやら私は落ち着いた気でいただけで、実際はまったくといっていいほど落ち着いておらず、冷静な判断ができていなかったらしい。


 落ち着け、落ち着け私。

 私は自分にそう言い聞かせるも、一度動揺した心はなかなか静まらない。

 

『なに食ってんねんwww』

『草』

『自由すぎワロタww』

『wwwww』

 

 パニック状態の私を尻目にコメント欄の流れは加速していく。

 ああぁあぁああ! ええい! もうこうなったら! 

 

 私はキーボードの横にあるペットボトルを手に取る。そしてフタをあけ中のお茶をごくごくと飲み、おにぎりを胃に流し込む。──よし! ままよ!


「はいはいはいはいはい! どうもどうもどうも! 我が輩、本日カラフルからデビューいたします、錫色れんがと申します!」


 私は身体を大きく左右に揺らし、大きな声で第一声をはなつ。

 もうこうなりゃヤケだ! 声張ってゴリ押せ!


「いやいやいやいや、なんだかコメント欄にずいぶん草が生い茂ってますなぁ。誰か芝刈り機持ってない? え? なに? なんか食べてた? なんか飲んでた? へいへいへいへいへい、初配信の一発目から無言でおかかのおにぎり食べてお茶飲んでるヤツなんているわけないない。集団幻覚集団幻覚。絶対にこの配信をあとで頭から見直すんじゃあないぞ。いいね。我が輩との約束だぞ」


 私は息つく間もなくしゃべりたおす。

 ゴリゴリに押しの一手だ! コミュニケーションはとりあえず落ち着いてから! 


「はいというわけで! 今日は初配信ということでホラーゲームをやります! みんな大好きホラーゲームですよ! やったね! え、なに? 怖いから好きじゃない? 大丈夫大丈夫、だいたい撃つか殴るか燃やすか隠れるか塩まいとけばどうにかなるから。ただの動くタンパク質だから平気平気」


 私は口を開けて「ハハハハハ」と大げさに笑ってみせる。


「あとはゲームしながら自己紹介とか、みんなからの質問に答えたりするので、コメント欄にじゃんじゃんどしどし、お便り送ってください!」


 私は今日の配信の大まかな内容を視聴者へつげる。

 Vチューバーの初配信はたいてい、自己紹介をふくめた雑談が多いが、私はゲーム実況も一緒にすることにした。その理由は、今の私ではしゃべりのみで1時間もたせるのは厳しいと判断したからだ。


 ひとりしゃべりは得意じゃないし、コメントもうまく拾えるかわからない。

 ゲームに対するリアクションをとって、少しでも間をもたす大作戦だ。

 

「そして今日プレイするゲームはこちら!──ってまあ、もうタイトル映ってるからみなさんおわかりかと思いますが、『太郎米飯店での5日間』でございます! ではでは、どんなゲームか軽く説明をしておきますと、妖怪から隠れつつおにぎり屋さんの深夜警備アルバイトをするゲームでございます」


 私が今日プレイするホラーゲームは、数多くのVチューバーがプレイしており、Vチューバーの登竜門的なものともいえる。

 ただそれゆえにそのままプレイしても新鮮さにかけてしまうため、私はある追加要素を取り入れることにした。


「ちなみに、ゲームオーバーになるたびにおにぎり1個食べますんで、よろしくお願いします」


 私が取り入れた追加要素は、まあ簡単に言えば罰ゲームみたいなものだ。

 ただおわかりの通り、罰とはとうてい言えないレベルの罰である。

 

 それは視聴者もそう思ったのか、『それただの晩ごはんだろwww』『さっきもう食ってたやんけ笑』といったつっこみがコメント欄に飛びかい盛り上がる。


 お、なかなかいいんじゃないのこの雰囲気。

 私がしゃべってみんながつっこむ。配信してる感じがすごくする。


「はい! そして用意したおにぎりはこちら! ジャジャーン!──って言ってもみんなには見えないだろうから口頭で言いますと、シャケ5個、昆布5個、おかか4.5個、チャーハン5個。合計20個の超豪華ラインナップとなっております!」


 私はキーボードの横に置いてあるおにぎりの数々を紹介する。おにぎりと言いつつ、あきらかにイレギュラーなチャーハンは当然つっこみ待ちの選出だ。いわば準備したボケ。はたしてウケるか? つっこんでもらえるか?


『20個(19.5)』

『さっき食ってたのおかかだろwww』

『おにぎり(チャーハン)』


 私の不安をよそに、数多くのVチューバーの奇行に鍛えられた百戦錬磨の視聴者達は、つっこみどころに的確なつっこみをいれてくれる。

 まあ、おかかに関してはボケじゃなくて完全に事故なんですけどね。


 いやはやそれにしても、なんかだいぶリラックスしてきたな。

 なにも考えず脊髄反射せきずいはんしゃでしゃべって、みんなにつっこみいれられて、なんかテンション上がって楽しくなってきたぞこれ。


「ではみなさん! 準備が整ったところで、早速ゲームを始めたいと思います! おにぎりもスキあらば食べたいと思います! それではポチッとな!」


 私は始まる前の緊張、そして始まった直後のヤケが、まるでウソだったかのようにリラックスした状態で前口上を述べ、ボタンを押しゲームを開始するのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る