第10話「錫色れんがをぜひごひいきに!」

「──はい! ということで、本日の配信は以上でございます!」

 配信開始から約1時間、私は配信が終わることを視聴者へとつげた。


「さてさて、いかがだったでしょうか! 初配信にしてこの完璧な仕上がりの我が輩は!──え? 開幕ミスってたって? 無言でおにぎり食べてたって?…………細かいことは気にしない気にしない!」


 最後の最後まで、私と視聴者との丁々発止ちょうちょうはっしのやりとりは続く。


「ではみなさん! 最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました! 今後とも我が輩、錫色れんがをぜひごひいきに! それではありがとうございました! ではまた!」


 私は感謝と再会の気持ちをこめた別れの挨拶をして、配信終了ボタンを押した。これにて私の初配信は終了だ。…………終了、だよね? まだ配信されてるなんてことないよね? さすがに初配信で放送事故は避けたいぞ。


 私は数秒ほど言葉を発さず様子をみる。

 ……大丈夫か? 一応スマホで確認してみるか。


 私はズボンのポケットから自分のスマホを取り出し、錫色れんがのヨーチュブチャンネルを見てみる。するとそこには、サムネイルの右下に1:05:27と表示された動画がひとつあった。

 

 そう、サムネイルの右下が、配信中を意味する赤文字でのライブという表示ではなく、動画の長さを表す時間表示になっていたのだ。これはつまり、配信は終わっているということだ。


「──はぁー……疲れたぁ……」


 私はスマホをキーボードの横に置き、イスの背もたれに身体を預け天井を見上げる。配信が終わり、緊張から解き放たれた私の身体に、配信中には感じなかった疲労が一気にあふれだす。


「ふぅー……」


 私は無事に初配信を終えられたことに安堵する。とはいえ緊張で力んでいた身体も心もクタクタだ。それにちゃんといい配信が出来たのかどうかも、正直よくわからない。

 

 「でも──、よしっ」


 私は背もたれによりかかっていた身体を起こして前を向き、両腕を軽く曲げ小さくガッツポーズをする。初配信をやりとげた達成感と満足感が身体を満たしている。

 

 始まる前、そして始まった直後はどうなることかと思っていたけど、ゲームのプレイを始めたあたりからは、なにも考えずのびのび配信できていた気がする。なんだかんだで昨日の夜、要に言われた通りになった。


「うわっ!?」


 キーボードの横に置いたスマホが突然ガタガタと揺れ私は驚く。

 画面をみると豊島要と表示されており、どうやら要からの電話のようだ。


「もしもし?」

 私はスマホを手に取り要からの電話にでる。


「あ、先輩! お疲れ様です! 配信見ました! めちゃくちゃよかったっす!」

 要の明るく元気な声がスピーカーから聞こえてきた。


「そう、かな?──ありがと」

 私は要のほめ言葉に少し照れながらそう返した。


「いや〜まさかしょっぱな、無言でおにぎり食べてるとこから始めるなんて想定外っす!」

「いや……あれは私にとっても想定外だったんだけどね……」

「え? そうなんすか? いやいや、だとしても先輩、もってますねぇ〜。コメント欄めっちゃ盛り上がってましたよ!」


 要は楽しそうに配信開始時のおにぎりの件にふれる。

 私にとっては想定外の出来事だっただけに、ほめられて喜んでいいのかは微妙なところだ。まあ、いいつかみになったってことにしておこう。うん。


「あとチャーハンをレンジで温めたり、『炭水化物だから広い意味でおにぎり』とか言ってアイス食べだしたり、とにかく楽しそうに配信しててよかったっす!」

「う、うん……ありがと……。でも恥ずかしいからあんまり言わないで……」


 要は配信中の私の行動や言動を口にする。

 正直、私としてはだいぶ恥ずかしい。


「あ、すみません、ですよね。でもそういう、はしゃいでる時の自由気ままさは先輩の魅力でもあるんで、配信中はそういうのどんどんだしちゃってください!」

 

 要は先輩としてなのか個人としてなのか、どちらかはわからないがアドバイスをしてくれる。


「ん、わかった。って言っても、意識してそういうことやってるわけじゃないから、だせるかどうかはわからないけど」

「それでいいんすよ。自然にでるのが一番っすから。──っと、配信終わってお疲れっすよね。急に電話してすみませんでした。あ、でも最後にひとつだけ。寝ちゃう前にタムッターでつぶやくのは忘れないでください」


 要は先ほどの公私混同気味のアドバイスではなく、しっかり先輩として、配信のあとにやるべきことを教えてくれた。

 

「わかった、ありがとう、要」

「いえいえ、後輩に優しくするのは先輩の努めっすから。なので先輩も、あたしもっとやさし──」

「じゃあ切るね」

「ちょっ、ウソっす、ジョーダンっすよジョーダン。先輩にはいつも優しくしてもらってますんで」


 要は私が食い気味にした電話を切る宣言に、笑いながらそう返してきた。


「うそうそ、ごめんごめん。電話してくれてありがとう。おかげなんか落ち着いた気がする」

「いいっすいいっすお礼なんて。今度焼肉おごってもらうだけで十分っす」

「わりと要求してくるね」


 私は要の返事に笑いをこぼしながらつっこみをいれる。


「もしくは──って、さっき最後にひとつって言ったのに、長話ししちゃってますね。お疲れのとこ申し訳ないっす。じゃあ今度こそ最後で」


 要はそう言うと「オホン」とひとつせきばらいをして、話しを仕切り直す。


「先輩、配信お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください。あと、これからよろしくお願いします。一緒に楽しくやっていけると嬉しいっす」

「ありがとう。でもよろしくお願いしますはこちらこそだよ。色々頼っちゃうことも多いだろうけど、これからよろしくね」

「もちのろんっすよ。がんがん頼ってください。あたしに出来ることならお手伝いしますんで」


 要は頼りがいのある言葉を私にかけてくれる。

 なんか私より先輩レベル高くないか?


「それじゃあ先輩、今日はこの辺で。お疲れ様でした。おやすみなさい」

「ありがとう。おやすみ、要」


 私と要は互いにおやすみを言い、電話を切り通話を終える。

 いやはや、要は本当にいい後輩にして先輩だ。しょうがない、今度焼肉でもおごってやろう。


「よし、それじゃあお風呂──の前にタムッターか」


 私はイスから立ち上がろうとしたが腰をおろす。

 先ほど要に言われた通り、タムッターでつぶやかなくては。

 さて、なんとつぶやこうか。うーん……。


「…………よし、お風呂入ってからにしよう」


 私は名案が思い浮かばなかったためイスから立ち上がり、つぶやくことを諦めてお風呂場へと向かう。

 

 別に名案である必要はないけど、お風呂に入りながらのんびり考えてもばちは当たらないだろう。なに、忘れさえしなければなにも問題はない。

 

 究極忘れても、朝起きた時に「お風呂入って寝ちゃった。許してちょべりぐちょべりば。てへぺろりんぬ」とでもつぶやけばみんな許してくれるさ。うん。そうに違いない。

 

 私は疲労でいまいち回らない頭でそんなことを考えつつ、初配信を無事に終えた達成感と満足感に包まれながら、お風呂場へと歩みを進めるのだった。


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