第8話「デデデデデンデ〜ンデンデ〜ン」
「はい着ましたけど、これから、どうするのかね、要くん」
「ど、どうするって、あははははっ! も、もうあたしの目的、達成されたみたいなもんっすよ、ははっ! あははははは!」
要はきぐるみ姿で踊る私をみて大笑いしている。
へいへい、なにをそんなに笑っているんだい。私がズンチャカズンチャカ踊っているのがそんなにおかしいかい。HEY。
「ちょ、先輩、いっかい、いっかい踊るの、はははっ! や、やめて、あははははははっ!」
「君が泣くまで、踊るのを、やめない」
要はこのきぐるみがツボなのか、きぐるみ姿で変な踊りをする私がツボなのか、どちらかはわからないが笑いがとまらないようだ。
私はそんな要にたいして、少年漫画の主人公のようなセリフを言いつつ、適当に踊る。ただ、ちょっと疲れてきたから、ここらで勘弁してやろう。
「ハァ……ハァ……ふうー。うむ、本日も良きダンシング日和だ」
「ハァ……ハァ……わ、笑いすぎて、腹筋が痛いっす……」
私も要も体力を削られて、少し呼吸を整える。
「で、要くん。そろそろ説明をしてもらおうではないかね」
「踊りやめてもしゃべり方は戻らないんすね。──まあ説明というかなんというかっすけど、あたしが先輩にきぐるみを着てもらった理由は、はしゃいでもらうためだったんすよ」
要はきぐるみの両手をつかみぶらぶらと揺らす。
へいへい、そういうことするとまた踊りだしちゃうぞ。
「我にはしゃがせるため? なにゆえそのようなことを?」
「なんかキャラがめちゃくちゃになってるんで、いっかい頭とりまーす」
要は私がきぐるみを着ると、はしゃぎすぎておかしくなることにようやく気がついたのか、きぐるみの頭をスポッと外した。
「あ、とられた。──まあしょうがない。じゃあ続きをお願いします」
私は完全なるきぐるみ姿が解除されたことで冷静になり、いつものテンションで要に話しの続きをうながした。
「よし、戻った。じゃあ続けます。先輩、はしゃいで踊ってたとき、なに考えてたっすか?」
要はいつもの状態に戻った私に質問をぶつける。
「はしゃいで踊ってたときなに考えてたか? んー……いや、なにも……なにも考えてない。うん」
私ははしゃぎ、踊りに興じていたときのことを思い出しながらそう答えた。
「やっぱりそうっすよね。──じゃあ大丈夫っす! 明日の配信、なんの心配もいらないっす!」
要はきぐるみの話しから、急に明日の配信のことに話題を切り替えた。
「え? いやいや、待った待った。なんでそうなるのかわからないんだけど」
私は急な話しの切り替わりについていけず、要に問いかける。
「先輩、“なにも考えなかった”んすよね。それってつまり、“明日の配信のことも考えてなかった”ってことっすよね?」
「あっ──たしかに、踊ってたときは配信のこと完全に忘れてたかも」
私は要に指摘されて、初めてそのことに気がついた。
バイト中も──いや、今日一日、ずっと頭を離れなかった明日の配信のことが、きぐるみを着てはしゃぎ、踊っていたときだけ頭から離れていた。
「そうっすよね。──先輩、前にも言ったっすけど、あたしはVチューバーはきぐるみみたいなものだって思ってるんす。だから今、きぐるみを着て、なにも考ずはしゃいで踊り狂ってた先輩なら、明日も配信が始まっちゃえば、なにも考えずにはしゃげるとあたしは思うんすよ」
「それは……うーん、どうだろう? できる……か?」
私は要の問いに考えこむ。
きぐるみを着てしまえば、なにも考えずにはしゃげるっていうのは事実。
そして要が前に、そして今も口にした、Vチューバーはきぐるみみたいなものっていう言葉に、納得しているのもまた事実。
となればたしかに、明日“錫色れんがというきぐるみ”を着てしまえば、なにも考えずにはしゃげて、問題なく配信ができる可能性は十分にあると思う。
ただいかんせん、規模というか注目度というか期待度がなぁ……。
初配信だし、10万人超という数字はプレッシャーであることこの上ない。
でも今こうやって考えこんでいることも、配信始まっちゃえば忘れるのかもしれないし。うーん……でも本当にそうな──。
「せいっ!」
「うわっ!?」
要はうーんうーんと考えこむ私にしびれを切らしたのか、手に持っていたきぐるみの頭を私にズボッとかぶせてきた。
「考えちゃダメっす! 先輩、踊るっす! 明日の配信が始まるまで踊り続けるっす! ヘイ! ヘイ!」
要は無理難題を私に提案してくる。
「ああっ、色々考えてたのに、頭かぶせられたら身体が勝手に踊りだす〜」
完全なるきぐるみ姿となった私の身体は自然と動きだし、要の「ヘイ!ヘイ!」も相まって、テンションがおのずと上がっていってしまう。
「デデデデデンデ〜ンデンデ〜ン」
私は往年のコント集団がヒゲをつけてしていた踊りを、そのときに流れていたメロディを口ずさみながらまねて踊る。
「いいっす! いいっすよ先輩! デデデデデンデ〜ンデンデ〜ン」
要も私に合わせてメロディを口ずさみ一緒に踊りだす。
いつもよりはしゃいでいるであろうその姿は、まるで私の不安を払拭しようとしてくれているかのようだ。
まったく……私にはもったいないくらいにいい後輩──いや、これからは“先輩”でもあるのか。
「ははっ」
私は、私と要のよくわからない関係性に思わず笑ってしまう。
まあ明日の配信、なるようになるか。
要のおかげで不安がやわらいだ私はそんな気持ちをいだきつつ、要と踊るのだった。
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