第7話「10万人超えカラフル最速記録更新っすよ」

「はぁ…………」

 私はバイト先の楽器屋で、今日何度目かもわからないため息をついた。


「ん〜? どうしたんすか先輩?」

 ため息が聞こえたのか、要がぱたぱたと小走りで近よってきた。


「ため息つくと幸せが逃げるっすよ〜。ただでさえ幸薄そうな顔してるのに」

 要はそう言いながら私の両ほほをつまみ、みょーんと、引っ張って伸ばす。


「ひゃめなひゃい」

「ういっす」

 

 要は私の両ほほからぱっと手を離す。私は伸ばされた両ほほに手をそえ軽く押さえる。まったく、もちじゃないんだから。


「なにかあったんすか? あ、もしかして、明日配信だから緊張してるんすか?」

「うっ……」


 私は要の配信という言葉にうめく。

 

「ありゃ、図星っすか」

「そりゃあそうでしょ……。しかも10万人だよ10万人……。まだ配信してもいないのに10万人っておかしいでしょ……」


 私は弱々しく声をだす。

 そう、錫色れんがのヨーチューブチャンネル『れんがの猫屋敷』のチャンネル登録者数が、初配信を待たずして10万人を超えたのだ。


「他のグループではいたっすけど、うちでは初めてっすね、初配信前に10万人超えは。10万人超えカラフル最速記録更新っすよ」


 要はそう言うと「いよっ! お見事! 大統領!」と、謎の賛辞を私に送ってくる。


「はぁ………………」


 私は初配信に加えて10万人超の期待というプレッシャーから、要の言葉につっこみもいれられず、ただただため息をつくことしかできない。


「あ、こりゃ思った以上に重傷っすね」

 要はつっこみもいれられない私を見て、あららという顔をする。


「うーん……あっそうだ!──先輩! 今日バイト終わったら先輩の家行っていいっすか? っていうか行きますんでよろしくお願いします! んじゃまたあとで!」

「えっ!? あ、ちょ」


 要は突然、言いたいことだけ言って、私の返事も聞かずにどこかへ走っていった。私はその場にひとりぽつんととり残される。

 なにか思いついた感じだったけど、いったいなんだ?……不安だ。


◇◇◇◇◇◇◇


「で、家にきたはいいけど、この大きなダンボールはなにかね、要くん」

 

 私はテーブルの横に置かれたダンボールについて要にたずねた。

 バイトが終わり、私は要と一緒に帰宅したのだが、要はバイト先からダンボールをかかえて私の家まできたのだ。


「ふっふっふ……なんだと思いますか? 先輩」

 要はダンボールに手を添えながら悪い笑みをうかべている。


「いいから早く開けなさい」

「せっかちさんっすね〜。わかりました、では開けてしんぜましょう。中身は──これだっ!」

 

 要はガバッっと、勢いよくダンボールを開けた。

 私はのぞきこみ中を確認する。

 ん? なにこれ? 布? いや、このでっかくて丸いのどこかで──。


「──って、これあれじゃん! きぐるみじゃん!」

 

 私はダンボールの中に入っていたものがきぐるみであることに気がつき、驚きの声をあげる。


「そうっす、先輩が半年前に着たきぐるみっす」

 

 要はさも当然のようにそう言いながら、ダンボールの中からきぐるみをひっぱりだす。


「いや、これどうしたの?」

「店長に言って貸してもらったんすよ。『先輩が元気ないんできぐるみ貸してください』って言ったら、よくわからなさそうな顔しながら『壊さないならいいよ』って言って貸してくれました」


 要はことの経緯を私に説明する。

 いやそりゃそうだ。いきなり私が元気ないからきぐるみ貸して、なんて言われたら、店長も『どういうこと?』ってなるよ。

 

 というか私は次どんな顔をして店長に会えばいいんだ。

 私の名前をだしてきぐるみを借りた以上、一言お礼を言わなくちゃいけないわけで。あぁ……悩みの種がひとつ増えたぞ……。

 

「いや〜懐かしいっすねこれ。ほら先輩、久しぶりのご対面っすよ」

 要はきぐるみの頭を持って私に見せる。

 

「久しぶり……か? 私この間の面接の時、世田谷さんに要が撮った写真見せてもらったんだけど。まあ、実物は久しぶりだから久しぶりか」


 私は要が持っているきぐるみの頭をなでる。

 それにしても、あいかわらずなんだかよくわからない生き物だな。

 私は猫だと思っているんだけど、猫……だよね?


「じゃあ先輩、着てくださいっす」

「えっ? 着るの、これ?」

「当たり前じゃないっすか。先輩に着てもらうために借りたんすから」


 要はさも当然のように私にきぐるみの頭を押しつけてくる。


「ちょいちょいちょい。待て待て待て。なんでなんで。なんで今これを着なきゃいけないわけよ。説明を求む説明を」


 私は頭を押し返しながら、要にきぐるみを着る理由の説明を要求する。


「いいからいいから。大丈夫っす大丈夫。──ほら早く早く」

「わっ! ちょ、わかったわかった! 着るから頭かぶせようとしないで!」


 要は説明はあとあと、と言わんばかりに私にきぐるみを着せようとする。

 押しに負けた私はきぐるみを着ることを承諾してしまう。

 

 くっ……初配信と10万人超えのプレッシャーに悩んでただけなのに、どうしてこうなった……。


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