第6話「1週間後に初配信って、なんか色々早くない?」

「んじゃ、動き確認しますか! はい座って座って〜」

「ん、わかった」

 

 要はイスを引き、私をパソコンの前に座るようにうながす。

 

 世田谷さんとの面接を終え、事務的な手続きやカラフルの事務所ビル案内、配信用スマホなどの機材受け取りを済ませた私は、要と一緒に自宅へと帰った。

 

 そして休憩もほどほどに、Vチューバーとして配信をするための準備を要の協力のもと開始し、ここからは錫色れんがの動作確認だ。


「はい、じゃ笑って笑って〜」

「笑う……こう、かな?」

 

 私は隣に立つ要の指示にしたがい、目を細め口角を上げ、笑顔をつくる。

 すると、パソコンの画面に映っている錫色れんがの2Dモデルも笑顔になった。

 おおっ、動いた動いた。


「おぉ〜いいっすね〜。じゃあ次は口開けてみてほしいっす」

「ん。あ」


 私は再び要の指示にしたがい、口を「あ」と大きく開ける。すると同じように錫色れんがも大きく口を開ける。いやはや、面白いなこれは。

 

 パソコンに接続した配信用スマホのカメラと顔認識機能が、私の身体と顔の動きをとらえ、それがそのまま、パソコンの画面に映る錫色れんがの身体の動きと表情になるのだ。

 

 ただ身体全体を揺らしたりはできるが、2Dモデルであるがゆえ腕とか脚は動かせない。いやそれでも十分すごいわけで、身体が動き表情が変わる錫色れんがは、とてつもなくかわいい。

 

 まあ自分で動かしてるし、ある意味自分とも言えるから、なんか自画自賛というか、自分をかわいいと言っているみたいで恥ずかしいが。

 

「はい、口の動きもオッケーっす。あとは……そうっすね、適当に顔動かしてみてください」

「顔? わかった」


 私は要に言われた通り、顔を上下左右に向けたり、首を軸にぐるぐると回してみる。


 「ぶふっ! ははははははは! 先輩っ、ちがっ違うっす、表情っす表情! あはははははは!」

「ちょっ、笑いすぎ!」


 要は顔と言われて、頭ごと顔を動かした私を見て大笑いする。


「いや〜天然なとこ出たっすねぇ〜」

「天然じゃない。認識のそごだ」


 私はそう言ったあと今度は顔、もとい表情を動かす。目を閉じたり開いたり、キメ顔したりニヤリと笑ったり。あ、今のドヤ顔っぽくていいな。かわいい。


「お〜かわいいっすね〜。……先輩、ちょっと目をカッと見開いてみてもらっていいっすか?」

「目? ん」


 私は要に言われた通り目をカッと見開いてみる。

 すると錫色れんがの目もカッと見開く。加えて瞳孔も収縮して小さくなり、なんかヤバイ顔になる。


 だがその顔はなかなか面白いものであり、私は目を細めては見開き、目を細めては見開きと、二度三度とその顔を繰り返す。


「ふっ」


 その絵面に耐えきれなくなった要が軽く吹き出した。

 勝機! 私はここが攻め時だと直感的に判断し、目を見開くタイミングで口も大きく開ける。それを幾度か繰り返す。


「あははははははははっ!」


 要は膝から崩れ落ちお腹を抱えて大笑いする。

 よし! 勝った! 現実世界の私とパソコンの画面に映る錫色れんがの、見事な変顔ダブルパンチで我が軍の完勝だ!


 私は勝利に酔いしれながらほほを手ではさみ、ぐるぐると回すようにマッサージをする。

 ふぅ……表情筋をだいぶ使ったから顔が疲れた。これを配信中にもやるとなると結構大変だぞ。これはここぞという時に使おう。


「お〜ブサイク〜」


 大笑い状態から復活した敗北者こと要は、ほほをはさみ、顔をマッサージする私を見てひどいことを言ってくる。


「ブサイク言うな」


 私はつっこみをいれるが要はケラケラと愉快そうに笑う。

 おのれ……あとで同じ顔にしてやる。


「さて、先輩のブサカワな顔はいいとして──表情も色々確認できたし、全体的な動きの確認もオッケー……っと。必要なソフトもダウンロードしたし……よし! 先輩、準備完了っす! お疲れさまでした!」

「お、準備完了? わかった。ありがとう、手伝ってくれて。助かった」

「いえいえ、お安い御用っす」


 要は私のお礼に、なんてことはないとニッと笑う。

 いやでも実際、要が手伝ってくれて助かった。準備手順が書かれた書類はもらったのだが、私ひとりだったらここまでスムーズに終わらなかっただろう。

 それにめんじてブサイクとかブサカワとかの発言は許してやろう。


「さて、じゃああとは、初配信でなにやるかっすね。あたしは雑談と歌で、だいたい1時間くらいやってたっす」

「初配信か……」


 私は要の言葉に、途端にプレッシャーを感じてしまう。

 なんか今、胃がきゅってなった気がする……。


「1週間後っすから、なるべく早めに決めた方がいいっすよ」

「1週間後か……。いやあのさ、早くない? 初配信まで? 今日面接して、今日の夜、これからデビュー発表して、それで1週間後に初配信って、なんか色々早くない?」


 私はあまりの展開の早さに困惑している。

 なんかもっとゆっくりというか、心の準備をする時間がほしいんだけど。


「ははっ、そうっすね。でもこの世界動きが速いんで、出来ることを出来るうちにやるってのは大事なんすよ。なんで──諦めてください」


 要はいい笑顔で右手の親指をビシッと立てる。

 くっ……人ごとだと思って……。


「まあ初配信でなにやるかはこれから考えるとして、まずは今日の夜にデビュー発表がされたあとの、タムッターでの第一声決めましょっか。社長も『なにか一言でもよろしくね』って言ってましたし」

「タムッターでの第一声か……」


 『Tamutterタムッター』。短文やショート動画を投稿できるSNS。

 Vチューバーにとって、ファンや他のVチューバとの交流に欠かせない“Vチューバー三種の神器”のうちのひとつだ。あとのふたつは知らないけど。


 それにしても私、さっきから初配信のプレッシャーで思考停止しているのか、ほとんど要の言葉を繰り返してばかりになってるな。

 猫じゃなくて、オウムかインコの擬人化のほうがあってたのでは?──って、そんなことはおいといて、だ。


「んー……実はなんだけど、一応もう、考えてあったりなかったりするんだよね、第一声」

 

 私は自分で考えた第一声に自信がないため、視線を泳がせながら要にそうつげる。


「おっ! マジっすか! ヒューッ! 仕事が早い! なんすかなんすか、なんてつぶやくんすか?」


 要は教えて教えてと言わんばかりに、ものすごい食いつきをみせる。

 私はポケットからスマホを取り出し、タムッターのアプリをひらく。そして画面に映るは錫色れんがのアカウント。


「これなんだけど……どうかな?」

 私はつぶやく予定の下書きを、おそるおそる要にみせる。

 

「どれどれ──お、いいんじゃないっすかこれ! つっこみどころがあってからみやすそうで!」

「そう、かな。──よし、じゃあこれで」


 私は要に褒められて安堵の笑みをこぼす。


「決まりっすね! じゃあそれ予約投稿して焼肉いきましょう焼肉! 今日はあたしがおごるんで!」


 要はそう言うと、私が座るイスの背もたれをつかみ、ガタガタと揺らして急かしてくる。


「わっ!? ちょ、ストップストップ!」

「はやくはやく〜」

「わかった! わかったから!」


 私は要に急かされつつ、ガタガタと揺れるイスに座りながらスマホを操作する。

 そして錫色れんがのタムッターでの第一声『我が輩は錫色れんがである。名前はまだない』の予約投稿を完了させるのだった。


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