チャンネル登録者数13人の底辺配信者の私が、後輩に誘われて所属メンバー全員チャンネル登録者数100万人超えの大人気Vチューバーグループの一員に!?
第3話「名前は錫色れんが。かわいらしい三毛猫ちゃんよ」
第3話「名前は錫色れんが。かわいらしい三毛猫ちゃんよ」
「ふぅ……落ち着け私……大丈夫大丈夫……」
要からVチューバーにならないかと声をかけられてから3日後。
私は今、カラフルの事務所の中にいる。しかも現在地は社長室前である。
「ふぅー……よし」
私は覚悟を決め、目の前のドアをノックする。
「はい、どうぞ」
すると中から、柔らかく優しげな声が聞こえてきた。
「し、失礼します」
私はドアを開け部屋の中に入る。
室内は、社長室にしてはずいぶんとこじんまりとしていた。
だが視界に映る、壁に貼られたメンバーのサイン入りポスターや、棚に飾られたフィギュアやグッズなどを見て、私は少しワクワクしてしまう。
「こんにちは。杉並和泉さんよね。さあ、こちらへどうぞ」
「あ、はい、失礼します」
私は部屋の中央でソファに座る、ウェーブのかかった淡い栗色のロングヘアの女性に、ローテーブルをはさんで向かいのソファに座るようにうながされた。
緊張する……右手と右足が同時に動くとかベタなことしちゃいそうだ……。
私は油の切れたロボットのようにぎこちなく歩き、ソファへとたどりつく。そして「失礼します」と言い腰を下ろした。
「ふふ、そんなにかしこまらなくても大丈夫よ」
私の向かいに座る女性は優しくほほえむ。
「あ、ありがとうございます」
私は少しほっとして気持ちがやすらぐ。
なんかこの人、ちょっとゆるちゃんに似てる気がする。
私は目の前の女性に、カラフルのメンバーである長春ゆるしの面影を感じた。
「それじゃあ、まずは自己紹介をしようかしら。私の名前は
世田谷桜と名乗った女性は穏やかにほほえむ。
この人がカラフルの偉い人オブ偉い人……。
「わ、私は杉並和泉です。よろしくお願いします!」
私は自分の名前を言い、ローテーブルを叩き割らんとする勢いで頭を下げる。
「はい、よろしくね、杉並さん。──ほら、顔をあげて。うふふ、要ちゃんが言ってた通り、真面目さんなのね」
「要が……ですか」
私は頭を上げて世田谷さんを見る。
「ええ、そうよ。『先輩は真面目で大人しくて恥ずかしがりやなんで、社長の前だと、生まれたての小鹿みたいにプルプルしてると思うんで、優しくしてあげてほしいっす』って、要ちゃん言ってたわ」
世田谷さんはそういうとお淑やかに笑った。
生まれたての小鹿て。いや間違ってはないけど。
「あと──きぐるみが本体だって」
「それは違います──あっすみません!」
私は世田谷さんの発言についつっこみを入れてしまい、再びローテーブルを叩き割らんとする勢いで頭を下げる。
「ふふ、いいのよ。むしろつっこんでくれて嬉しいわ。苦笑いされちゃったら恥ずかしいもの」
「あ、ありがとうございます……」
私は世田谷さんの優しい言葉に、恐縮しながら頭を上げる。
「でもきぐるみ姿、とてもかわいいと思うわよ。ごめんなさい、ちょっと失礼するわね──ほら」
世田谷さんは私に一言断りを入れると、ポケットからスマホを取り出し、何度か画面をタップした後、私に画面を見せてきた。
「ん?──って、これ!」
私は画面を見て驚く。なぜならそこに映っていたのは、きぐるみ姿で変なポーズをとる私だったからだ。
「要ちゃんが私にあなたを紹介する時に送ってくれたのよ。ちなみに私は──このポーズが一番のお気に入りよ」
世田谷さんは画面を何度か指でなぞり、再び私に見せる。
そして私の目に映るは、ディスコキングさながら人差し指を高々と掲げ、ビシッとカメラ目線を決めるきぐるみ姿の私。
「あ……これ、実は私も一番好きというか、お気に入りのポーズなんです……はい」
私は自分の好きなポーズが世田谷さんの一番のお気に入りという言葉に、恥ずかしくもあるが嬉しくもなり、素直にそう口にだす。
「あらっ! そうなの! 私よく、人からセンスがちょっとズレてるって言われるから、私と杉並さんの一番が同じで嬉しいわ──握手しましょう」
世田谷さんは無邪気に喜び、スマホをポケットにしまうと、私に手を差し伸べてくる。私は緊張で固く握っていた手を開き、一度ズボンで拭い、差し伸べられた手を握る。
「同盟結成ね」
世田谷さんはそう言うとかわいらしくウインクをした。
同盟……? 変なセンス同盟か……?
「さてそれじゃあ、同盟を結んだ杉並さんに、ぜひ見てもらいたいものがあるわ」
世田谷さんは握っていた手を離すと、ローテーブルの上に置かれていたタブレットを手に取り、画面をタップする。
見てもらいたいもの? また私の変な画像ってことはない……よね?
私は若干不安になりながら、世田谷さんの動きを見守る。
「はい、これよ。どうぞ」
世田谷さんは私にタブレットを差し出す。
「あ、はい。ん──あ! これって!」
タブレットを受け取り、画面を見た私は驚いた。
「びっくりしたかしら。そう、その子が今回うちから、カラフルからデビューする予定の新人さんよ」
世田谷さんは私にそうつげる。
そう、画面に映っていたのはキャラクターの2Dモデル。
バストアップに全身図、後ろ姿や色々な表情など、情報が盛り沢山。
「名前は“
「錫色……れんが」
私は三毛猫が擬人化された、錫色れんがの姿をじっと見つめる。
白い髪に黒と赤茶色のメッシュが入り、猫耳がぴょんとたっている。
中性的な雰囲気を持ち、表情のひとつである少し目を細め口角を上げた、いわゆるドヤ顔が絶妙に小憎たらしい。
これは……いいぞ。うん、すごくいい。っていうか好き。
「ふふ、気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ」
「あ、すみません、つい」
画面を食い入るように見ていた私は世田谷さんの声に顔を上げ、タブレットをローテーブルの上に置く。
「かわいいでしょう。──それで、どうかしら杉並さん」
世田谷さんは今までとは少し違う、真剣さを帯びた声で私に問いかける。
「えっと……『どう』と言うのは……」
「もちろんうちで、カラフルでVチューバーとして──錫色れんがとしてデビューしてくれるかしら? ってお話しよ」
世田谷さんはまっすぐ私の目を見る。
その目は柔らかい雰囲気はありつつも、とても真剣な眼差しだ。
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