第4話「コネ採用──そう思ったかしら?」

「えーっと……」

 ふいに今日の本題が始まり、答えを用意していなかった私は言葉に詰まる。


「ああ、ごめんなさい、突然すぎたわよね。もちろん無理にとは言わないわ。けれど私個人としては、杉並さんにカラフルに入ってもらって、錫色れんがとしてデビューしてもらいたいと思っているわ」


 世田谷さんは柔らかいほほえみを私に見せる。

 

「あ、ありがとうございます。そう言ってもらえてとても嬉しいです。──ただ……あの、ひとつ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ええ、もちろんよ。ひとつと言わず、気になっていることがあるならなんでも聞いてちょうだい」


 世田谷さんは優しくそう言い、質問しやすい雰囲気をつくってくれる。


「ありがとうございます。それじゃあ──」

 私は一度「ふぅ」と息をはき呼吸を整える。


「あの、オーディションで選んだりはしないんでしょうか? カラフルは人気ですし、常設のオーディションにもたくさん応募があると思います。そういった人の中からよさそうな人を何人か選んで、最終オーディションをして、それで新しい人がデビューするものだと思っていたんですが」


 私はこのまえ要に聞いて「それは社長に聞いてほしいっす」と言われたことを、世田谷さんに聞いてみた。


「ああ、えーっと……そうね、本当はそれがいいのだけれど」


 世田谷さんは私の質問を聞いて少し困った顔をする。

 あ、これもしかして聞いたらまずいやつだったか?


「あ、あの、ちょっと気になっただけなので、大丈夫です。気にしないでください」

 

 私は慌てて、とりつくろうように両手を振る。


「いえ、いいのよ。そうよねぇ……やっぱり気になるわよね。……わかったわ、お話しするわ。でもこの話しは内緒よ、ナ・イ・ショ」


 世田谷さんは困った顔から一転、いたずらっ子のような顔をして、口の前に人差し指を立てる。


「わ、わかりました」

 私も世田谷さんの動きにつられて、口の前に人差し指を立てた。


「ありがとう。それじゃあ話すわね。新人さんをオーディションで選ばない理由。──それは“時間がないから”よ」

「時間がないから……ですか」


 私は世田谷さんの言葉を繰り返した。

 時間がない? オーディションをしている時間が、ってことだろうか?


「詳しく説明するわね。今、Vチューバー業界は、ありがたいことにとても人気があるわ。なりたいって人もだけど、商業的な面でみても、あちこちからひっぱりだこ。たくさんの業界、分野から、声をかけてもらえているわ」


 世田谷さんは嬉しそうな顔でVチューバー業界の現状を語る。

 

 たしかに、近ごろのVチューバーの商業的な人気はすさまじい。

 親和性の高いゲーム関連はもちろん、テレビやラジオ、食べ物飲み物、コンビニやスポーツ団体その他色々。とにかくありとあらゆる業界、分野とコラボしているイメージだ。


「ただその結果、他社さんとの打ち合わせや、事務的なお仕事もとても増えてしまって、もう猫の手も借りたいくらい大忙し。ありがたいことではあるのだけど、てんてこまいよ」

 

 世田谷さんは困ったように肩をすくめる。


「必要に応じて人は増やしているの。でもうちは人気があるといっても小さな事務所だから、必要以上の人を雇う余裕は正直なくて──って、ああ、ごめんなさい、話しがそれちゃったわね」


 世田谷さんは「コホン」と、ひとつせきばらいをして話しを仕切りなおす。


「それで、忙しくなって、なにが起きたのかというと、常設オーディションに送られてくる動画を見る時間がなくなってしまったのよ」


 世田谷さんは申し訳なさそうに目を伏せる。


「完全になくなったってわけではないわ。あいまあいまに見てはいるの。でも見る量より送られてくる量の方が多くて、全然追いつかないのよ。本当に申し訳ないわ」


 世田谷さんは「はぁ」とひとつため息をつく。

 

 送られてきた動画を見る時間がほとんどないほど忙しいのか。

 ううむ、Vチューバーの人気っぷりは私が想像していた以上みたいだ。

 そして動画を見る時間がないということは、つまり──。


「さっき世田谷さんが言っていた“時間がない”というのは、オーディションをする以前の問題、“常設オーディションからいい人を見つける時間がない”ってことだったんですね」

「ええ、そういうことよ。だからさっき、選ばないと言ったけれど、正しくは“選べない”ね。──だって、オーディションをできてすらいないんですもの」


 世田谷さんは「完全に私の力不足だわ」とつぶやき、しょんぼりと肩を落とす。


 新人をオーディションで選ばないのではなく、選べない。オーディションを開く前段階すらできないくらい忙しいと。

 ──ん? ちょっと待てよ。そんなに忙しい状況で新人をデビューさせようとしているわけだよね、今。……それって大丈夫なのか?


「“新人をデビューさせて大丈夫なのか”って顔しているわね、杉並さん」

「え!? あ、いやぁ〜……」


 私は心の中で思っていたことを世田谷さんに言葉にされ目が泳ぐ。

 エスパーか?


「逆なのよ。むしろ今しかないの。オーディションを開けるほどではないけれど、今は少し時間に余裕があるの。今なら新人さんをデビューさせても、しっかりとサポートをすることができるわ。でもこれが、ひと月ふた月あとになるとどうなるかわからないの」


 しょんぼりしていた世田谷さんの瞳に気合がみなぎる。


「だから先週、カラフルのみんなに『いい人がいたら教えてくれないかしら』ってお願いしたの。そしたら要ちゃんが『社長、いい人、いるっすよ』ってメッセージと一緒に、きぐるみ姿のあなたの写真を送ってくれたの」


 世田谷さんはきぐるみ姿の私の写真を思い出したのか、なんだかやけにニコニコしながら私を見る。……なんか気恥ずかしい。


「それで要ちゃんに、あなたのことを色々と教えてもらって『会ってお話しがしてみたいわ』って伝えたの。そしたら要ちゃんに『説得しますんでちょっと待っててくださいっす!』って言われて、今日に至るって感じね」


 そこまで話すと、世田谷さんはローテーブルの上のグラスを手に取りお茶を飲む。私はその姿を見て、自分ものどが渇いていることに気がつき、グラスを手に取りお茶を飲む。


 ふぅ、落ち着く……。それにしても、スピード感がすごいな。

 先週、世田谷さんがカラフルのみんなにお願いして、要が私のことを世田谷さんに紹介して、それで私が要から話しを聞いて、そして今日面接。

 しかも私が「お願いします」と言えば、それで決まりという超スピード。


 ……あれ? 知り合いに紹介されて、社長に会って、オーディションもせずに即採用って、これはつまり──。


「“コネ採用”──そう思ったかしら?」

「え!? なんでっ──あ、いや、えーっと……」


 私は世田谷さんの言葉に激しくうろたえる。

 完全に思考を先読みされたんだが? やっぱりエスパーか?


「そう思われても仕方がないし、否定もしきれないわ。そして杉並さん、あなたにそう思わせてしまって、とても申し訳ないわ。ごめんなさい」


 世田谷さんはそう言って私に頭を下げる。


「いや、そんな、謝らないでください。全然大丈夫です」

 

 私は急に謝られたことにあわて、世田谷さんに気にしていないとつげる。

 世田谷さんは私の言葉を聞いて頭を上げた。


「ありがとう、優しいのね。でもひとつだけ、これだけは伝えておくべきことがあるわ」


 世田谷さんはまっすぐ私を見つめる。


「今日、私があなたをカラフルに誘ったのは、あなたなら大丈夫だと、私が判断したからなのよ。たとえ要ちゃんの──ううん、カラフルの誰からの紹介であろうと、私がダメだと思ったら誘わないわ」


 世田谷さんは力強い瞳でそう言いきった。


「これでも社長なのよ? 人を見る目くらいはあるつもり。──経営の腕はあんまりだけどね」


 世田谷さんはビシッと決めたあと、かわいらしくおどけてみせた。


「それに要ちゃんだってそうよ。彼女も青藍みそらとして、競争の激しいVチューバーの世界で活動しているの。半端な気持ちで私に誰かを紹介したりしないわ。あなたなら大丈夫だと思っているから私に紹介したはずよ」

「要も……」


 私は世田谷さんだけでなく、要も私なら大丈夫だと思っているとの言葉に、なんだか嬉しくなる。


「ええ。──そうよね、要ちゃん」

 世田谷さんは突然ドアの方を向き、要の名前を呼んだ。


「えっ!?」

 私はその行動に驚き、ドアの方に視線を向ける。


「…………ぉっはよぅございまぁ〜す」


 数瞬の沈黙のあと、ドアがゆっくりと開き、ドアに手を添えながら床に両膝をつき、小声で挨拶をする要が姿を現した。

 いや……なにしてんのさ……。


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