第2話「Vチューバーってきぐるみみたいなもの」
「…………え?」
私は要の言葉にすっとんきょうな声をあげてしまう。
「どうっすか、Vチューバー。──って、その前にあれか、知ってます? Vチューバーって?」
「え、いや、うん、知ってるけど……」
私は要の口から、まさかVチューバーという言葉が出てくるとは思ってもおらず驚く。音楽一筋でオタク文化とは無縁だと思っていたからだ。
あ、でも、Vチューバーを知っているってことはやっぱり──。
「おーい、せんぱーい」
「え、ああ、ごめんごめん」
驚きと“ある考え”にふけっていた私は、要の声で現実に引き戻される。
よし、せっかくだから、この前カラオケに行った時に気になったことを聞いてみよう。
「はい先生、質問があります」
「うむ、なにかね杉並くん」
私の寸劇に要はノリよくのっかってくれる。
「要って──“
「──っ!」
私の質問に、要は一瞬息を飲む。
だがすぐにニヤリと笑い、答えを口にする。
「いや〜バレてたっすか〜。いつ気づきました? やっぱカラオケに行った時っすか?」
要は否定することなくカラカラと笑い、自分がVチューバーグループ『カラフル』のメンバーのひとり、青藍みそらであることを認めた。
「やっぱりか……」
私はカラオケで要の歌声を聴いた時、青藍みそらの歌声と瓜二つだと思ったのだ。
青藍みそら。チャンネル名は『みそらの大聖堂』。
腰まで伸びた荒々しく濃い青色の髪。そしてドラゴンのような角と太い尻尾。
さっぱりとした姉御肌の性格で、最大の武器はなんといってもその歌唱力。
力強くも繊細で豊かな表現力は、聴くもの全てを
また、自ら作詞作曲を手がけたオリジナル曲も多数発表しており、バーチャルシンガーとしてもトップクラスの人気を誇っている。
「まあまあ、あたしが青藍みそらとか、そういうことは今はいいんです。それよりも先輩、どうっすかVチューバー。興味ないっすか」
要はテーブルに乗り出すように、ずいっと身体を前によせる。
どうやら自分が青藍みそらだとバレたことより、私の返事の方が気になっているようだ。
「いや、えーっと、もう少し詳しく話してもらってもいいかな? 情報が無さすぎて、なんとも言えないんだけど」
「おっと、それもそうっすね。失敬失敬」
要は乗り出すようにしていた身体を下げる。
「ではあらためまして、簡単にご説明させていただきます。今うちで、カラフルで新人をデビューさせようって話しになってまして、それに先輩どうですかって話しっす」
「……いやほんとに簡単に言ったね。でもそういうのって、オーディションとかして決めるもんなんじゃないの?」
私は簡単すぎる要の説明から、さらに情報を得るために質問をする。
「あー……そうっすね。多分、本当はそうなんすけど、まあそこら辺の詳し事情は社長に聞いてほしいっす。あたしもオーディションでとらない理由に関しては、なんとなくそうなのかなって感じの、ぼんやりしたのがあるだけなんで」
「ん、なるほど。わかった」
少し考えるそぶりをしてから答えた要の言葉に、私は納得を示す。
ふむ、なんだろ、企業秘密的ななにかがあるのだろうか?
「じゃあ質問その2。なぜ私に声をかけたのか。──いや、声をかけてもらえるのは嬉しいんだけど、その、見たんでしょ……私の配信……」
私は最後、小声になりながら質問をした。
配信のことを掘り返したくはないが、これは聞かねばならないことだ。
……掘り返したくはないが。
「それは単純に、あたしが先輩はVチューバーに向いてるって思ったからっす」
「え……? 正気……?」
あっけらかんとそう答えた要に、私はあっけにとられる。
私の配信のどこをどうみればそう思えるのか。はなはだ疑問だ。……自分で言ってて悲しいけど。
「正気も正気、大真面目っすよ。いや配信はしょっぱいんすけど、それは別にVチューバーに向いてるって思った理由とは関係無いんで、気にしなくていいっす」
「え? 配信は関係無いの?」
私は要の言葉に疑問を持つ。
なんか失敬なことも言われた気がするけど、それは見逃してやろう。
「そうっす。じゃあ向いてると思った理由はなにかって話しっすけど。先輩、半年くらい前に、バイト先できぐるみ着たじゃないっすか」
「……ああ、あの猫のような謎の生物のきぐるみ」
私は半年前のことを思い出す。セールのアピールをするために、ジャンケンで負けた私がきぐるみを着て、街中を練り歩いたのだ。
「んでその時、先輩めちゃくちゃはしゃいでたじゃないっすか。踊ったり変なポーズしたり、ウェイウェイ言いながら反復横跳びしたり」
要は話しながらその時のことを思い出したのか、「くっくっく」と愉快そうに笑う。
「そんなことしたようなしてないような……」
私はすっとぼけてみるが、頭の中でその時のことがよみがえる。
いやだってテンション上がっちゃうでしょ、きぐるみとか着たらさ。正直、ジャンケンで負けた時、ちょっと嬉しかったもん。
「──って、なんでその話しが私がVチューバーに向いてると思ったって理由になるのさ。なんかまた恥ずかしい思いをしただけな気がするんだけど」
私はきぐるみの話しとVチューバーの話しが繋がらず、要にそう問いただす。
「それはっすね……。先輩、Vチューバーやってるあたしがこれを言うのもあれなんすけど、“Vチューバーってきぐるみみたいなもの”だと、あたしは思ってるんすよ」
要は少しばつの悪そうな顔をする。
「どっちも本当の自分の姿を隠せる。そして今の自分ではない別の誰かになれる。そう考えると、Vチューバーときぐるみって同じだと思わないっすか?」
「それは……うん、そう言われると、たしかにってなる」
私は要の考えに頷く。かなりタブーな話しな気もするけど、要の言っていることは的を射ている。少なくとも私はそう思う。
「ですよね。じゃあ先輩、きぐるみ姿ではしゃげるのであれば、Vチューバーになっても同じようにはしゃげるんじゃないっすかね」
「それは……どう、だろう? 正直、実際にやってみないと、なんとも言えない気がするけど」
私は
「いや、先輩なら絶対にはしゃぎたおせます。絶対」
そんな私とは対照的に、要ははっきりと自信満々にそう言いきった。
絶対って2回も言ったぞ。
「先輩の中には“はしゃぎたい先輩”が隠れてるんです。そしてその先輩は隙あらば出てきて、面白いことをしようとするんです。現に今日だって、ひとりだと思ってノリノリでエアギターやってたじゃないっすか」
「え!? 見てたの!?」
私はエアギターを見られていた事実を告げられ驚愕する。
今それ言う!? あの場でつっこまなかったんだから流してよ!
「ちなみに先週も──って、エアギターとかそういう話しは今はいいんです。とにかくあたしが言いたいのは、はしゃぎたい先輩、はしゃぎたい気持ちを隠してる先輩には、Vチューバーはピッタリだってことなんです」
要は話しを本筋に戻す。なんか“先週”とかいう不穏なワードが聞こえたけど、つっこむと墓穴を掘りそうだからつっこまない。
「そのままじゃしょっぱい配信しかできない先輩でも、Vチューバーっていうきぐるみを着て、別人になれば全力ではしゃげて、絶対に面白い配信ができるってあたしは確信してます。だからあたしは先輩に声をかけたんです」
私を見て話しをする要の口調はいつになく真剣だ。
「あ、ちなみにっすけど、あたしはしょっぱい配信も好きっす。恥ずかしがりやで大人しい先輩も好きなんで」
「しょっぱい3回目!」
真剣な口調から一転して、ニヤリ顔でしょっぱいと言い放つ要に、私はたまらずつっこみを入れる。要は私のつっこみをうけて「ははは」と楽しそうに笑う。反省の色がない。
まあ、しょっぱいうんぬんはさておき、はしゃぎたい先輩、はしゃぎたい気持ちを隠しているっていうのは、私自身も少なからず自覚していたことではある。
私はそういった気持ちを、普段は恥ずかしくて表に出すことができない。
だからこそきぐるみを着た時やひとりの時は、“きぐるみ姿だからいいよね”、“ひとりだからいいよね”と、はしゃいでもいい大義名分を得た気がしてはしゃいでしまうのだ。
「で、どうっすか先輩。今までの話し聞いて、Vチューバーに興味でたっすか? なってみようって気になったっすか?」
要は伺うように私にそう聞いてきた。
Vチューバーはきぐるみみたいなもの。きぐるみ姿ではしゃげるならVチューバーになってもはしゃげる……か。
「うん……ちょっと、気になってきた」
私は今の自分の正直な気持ちを要に伝えた。
「マジっすか!!」
要はテーブルに両手をつき、私の方へと身体を乗り出す。
「うん。まあ、実際にはしゃげるかどうかはわからないし、カラフルの人、社長さん? とも面接はするんだよね? それで落ちちゃうかもしれないけど、せっかく要が声かけてくれたんだから、話しだけでも聞ければ聞きたいかな」
私は不安な気持ちもあるが、挑戦する意思を要につげた。
過去にVチューバーになることを考えたこともあるわけだし、自信はないけどダメでもともと。私のことをかってくれている要の思いに、答えたいって気持ちもあるし。
「ありがとうございます! よし! じゃあさっそく社長に連絡して──あ、でもご飯が先っすかね。せっかく先輩が作ってくれたご飯を冷ますのは、拙者、豊島要にとって大罪であるがゆえ」
要は乗り出していた身体を下げ、背筋を伸ばしてきちんと座る。
「どうした、なんかいきなり武士っぽくなったぞ」
私がVチューバーになる意思を示したからか、要はテンション高く、嬉しそうにはしゃぐそぶりを見せている。
「拙者、先輩の作るご飯大好きで
「わかったわかった。ありがとう武士。──それじゃあ3回目だけど、いただきます」
「いただきます!」
私と要は手を合わせ、みたび和気あいあいとナポリタンを食べ始めるのだった。
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