第1話「先輩、Vチューバーにならないっすか?」
「よし、完了っと」
バイト先の楽器屋で、ギターの弦の張り替えを終えた私はそうつぶやいた。
「うむ、我ながら完璧な仕事だ」
バイト歴1年、ギターも弾けない私は大仰に自画自賛する。
「誰も……いないよね?」
私は周りをキョロキョロと見渡す。……よし、誰もいない。
「ヨイショっと」
私はギターにネックバンドをつけ、ギターを首から下げる。
そしてもう一度、周りに人がいないかを確認する。……よし。
「ショータイムだ」
私はそう宣言すると、店内のBGMに合わせてギターを弾く──ふりをする。つまりエアギターだ。
ギュイーンギュイーンと、ノリのよいロックなBGMは、エアギターにとって最高の相棒だ。このひとりの時間にするエアギターが、バイト中の私の密かな楽しみなのである。
よしいいぞ! 今日はいつもより決まってる気がする! このまま次の曲も──。
「なにしてんすか先輩」
「うわあっ!?」
エアギターに没頭していた私は、突然背後から声をかけられて驚く。
「びび、び、びっくりした……。い、いつからいたの、
「いや、いま来たとこっすけど、何そんなにびっくりしてるんすか?」
半年前に入ってきた後輩、年齢もひとつ下、大学1年生の
「い、いや、なんでもない。大丈夫大丈夫。ちょっと弦の張り替えに集中してたから驚いただけ」
私は首から下げていたギターを要に押し付けるように渡す。
いま来たってことは見られてないよね? エアギター。
「お、よさそうっすね」
要は私からギターを受け取ると首から下げる。
よし、エアギターへのつっこみはなし。どうやら見られていないようだ。よかったよかった。
「んじゃちょっと、確認がてら弾いてみますね」
要はポケットからピックを取り出すと、弦の具合を確認し始めた。
ドレミファソラシドのチェックをして、問題なしと判断したのか、ジャカジャカとギターを弾きだした。エアではなく本当に。
うーん、カッコいい。長い黒髪を揺らし、ギターを気持ち良さそうに弾く要の姿に、私の目は惹きつけられる。
これで歌も抜群に上手いんだからすごいよなぁ。この前、ふたりでカラオケに行った時は心底驚いた。
──まあ驚いたのは、歌が上手い以外の理由もあるのだけれど。
「いや〜やっぱギターはいいっすね〜。──はい、ありがとうございました。いいんじゃないっすか、完璧っす」
要は満足そうに私にギターを返し、私の仕事も褒めてくれた。
「あ、そうだ。先輩、今日バイト終わったら先輩の家行っていいっすか? ちょっと話したいことがあるんで」
「ん? うち? いいけど、話したいことって?」
「んふふふ、それはナイショっす。あとでのお楽しみってことで」
要はニヤリと笑う。
「え? なに……怖いんだけど……」
私は要の笑みに不安を覚える。
「大丈夫っすよ! んじゃまたあとで! よろしくっす!」
要は私の不安をよそに、さっそうと去っていく。
……オッケーださなきゃよかったか? ひとり残された私は少し後悔するのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「で、要、話しってなに?」
バイトを終え、私の家で一緒に夕食のナポリタンを食べている要に、私はそう問いかける。
「ん? 話し?……ああ! そうでしたそうでした! あたし先輩に話しがあって来たんでした。いや〜ナポリタンがおいしくて忘れてたっすよ」
要はナポリタンをクルクルとフォークで巻き口にはこぶ。
「忘れるくらいなら聞かなくてもよさげかな。うん、きっとそうだ。よし、この話しはやめよう。はい、やめやめ」
私はバイト先でニヤリと笑う要を見て、不安を覚えていたこともあり、話しを聞かない方向でいくことにした。
「いやいや大事な話しなんで。忘れてたってのはジョーダンっすよジョーダン」
「くっ……ダメか……。ほら要、私のナポリタンのソーセージちょっとわけてあげるから」
私は賄賂とばかりに、要のお皿に私のナポリタンのソーセージをのせる。
「お! ありがとうございます! じゃあこれでこの話しは終わり──って、そうはならないっすよそうは」
要はそう言いながら、私がのせたソーセージを食べる。
いや終わりじゃないなら返してよソーセージ。丸損だ丸損。
「さてじゃあ、まずは確認なんすけど、これ──先輩っすよね?」
要はポケットからスマホを取り出し、何度か画面をタップした後、その画面を私に向けた。
「ん? どれど──っ!?」
私は画面をみて息をのんだ。
なぜならそこには、私のヨーチューブチャンネルが表示されていたからだ。
「えっちょっ、なんっ、えっ」
私は画面と要の顔を交互に見る。
「どうっすか? 先輩っすか?」
要はいたずらっ子のような笑みを顔に浮かべて、再度私に確認してくる。
なんで? どうして要が私のチャンネルを──いや、今はそんなことよりどうやってこの場を切り抜けるかだ。…………よし。
私は覚悟を決め、ゆっくりと動きだす。
ゆっくり、だが確実に、目的地へとハイハイしながら向かう。
要が私の動きを目で追っているがスルーだ。……よし、ついた。
「──おやすみ」
私は目的地であるベッドにたどりつくと、のそのそと潜り込んで要に就寝をつげた。
「いやちょっ『おやすみ』じゃないっすよ!」
掛け布団を頭までかぶった私の耳に要の声が聞こえてくる。
「せーんーぱーいー、起きてくださいよー。質問に答えてくださいよー。ナポリタンも食べちゃうっすよー」
要は掛け布団の上から私の身体を揺らしてくる
「ぐーーぐーー」
私はわざとらしい寝息を立てて寝たふりを決め込む。
要はしばらく私の身体を揺らしていたが、ほどなくして諦めたのか身体の揺れがおさまる。
よし! 勝った! あとは起きるタイミング──。
『はい、えー、どうもです。今日は、えー、先週発売された──』
ん? なんだ?
寝たふりをする私の耳に、誰かの話し声が聞こえてきた。
『はい、じゃあ、難易度は、もちろんノーマ──』
「──っ! あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛! やめろ! なに再生してんだ!」
「あ、起きた」
私は掛け布団をはねのけ飛び起きた。
私の耳に聞こえてきた話し声、それは配信でしゃべっている時の私の声だった。要が私の過去の配信を再生していたのだ。
『えーっと、ジャンプボタンは──』
「やめい! とめい!」
「うい、了解っす」
私が叫ぶと要は再生を止めた。
「ハァッ……ハァッ……」
私は焦りと恥ずかしさで息を乱す。
「あー……すみません。ちょっと、調子に乗り過ぎました。ごめんなさい」
顔を真っ赤に染めた私を見て、要はやりすぎたと思ったのか、素直に頭を下げ謝ってきた。
「はぁ……。ちゃんと謝ったから──許す」
私はベッドから降り、テーブルの前にいく。
そして「いただきます」と言い、食事を再開する。
要も私にならって「いただきます」と言い食事を再開した。
「──で、先輩なんすよね?」
ナポリタンをフォークでクルクルと巻く私に、要はそう聞いてきた。
「いまさら聞くか。でも、うん、私」
私は諦め、正直に答えた。
さっきの私の反応で確定したでしょうよ。ちくしょう、覚えてろよ。
「で、話しっていうのは、それのこと?」
「いや、これじゃないっす」
「ええっ!? 違うの!?」
要にさらっと違うと言われ私は驚く。
まさかだわ。じゃあただ私が恥ずかしい思いしただけか。
ソーセージも食べられて、恥ずかしい思いもして、一切の得がない。
「今のはただ、あたしが聞きたかっただけで、本題はまた別にあるんすよ」
「……正直いい予感は全くしないけど、どうぞ、お話しください」
私は今までのやりとりで警戒レベルがMAXになっているが、要の話しを聞くことにする。毒を食らわば皿までだ。
「ありがとうございます。じゃあ本題、言いますね」
「よしこい」
私はひとつ気合をいれる。鬼が出るか蛇が出るか。
なんでもこい──そんな覚悟を決めた私だったが、次の瞬間、要が口にした言葉はあまりにも予想外のものだった。
「先輩、Vチューバーにならないっすか?」
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