第33話

 目覚めたとき、さくらはいなかった。寝起きには心細く思ったコウだが、昨夜から予想のついていたことのようにも思われた。

 その日も昨日と同じ一日だった。誰一人として傍に引き留めておけない自分がやるせなく、今日も長い昼寝をしてしまった。夢に出てきたのが誰なのかも覚えていなかった。空を見上げると、何もない水色が遠くまで透き通っていた。

 焼け落ちた聖堂の前を通るとき、神官に呼び止められた。萵苣ちさという司祭であった。

「こんにちは。この前のことは、どうもありがとうね」

「……こんにちは。べつに、何をしたわけでもありませんから」

 ふと、彼女に因果光オロイアエルでの援護を頼まれなければ、ユッタに別れの挨拶ぐらいは言えたかもしれないと、あのときのことを思い出した。やつあたりに等しく、詮ないことを言うつもりもなかったが、その悔しさにちくりと胸を刺される思いは、一度ならずしてきていたのである。コウはお愛想も返せなかったが、萵苣は構わず普段ながらに優しく笑んで、単刀直入に用件を申し渡してきたのであった。

「実は、折り入って頼みがあるの。いいえ、別にどうという用事でもないんですけどね。少しのあいだ、神になってくれる私窩子を、私たちは探しているのです」

 これが、ノッジシの刑死が起きた日からさかのぼって、一週間ほど前のことであった。

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