第31話
神はかく語りき、といったところであった。
「とくに神さまーっ、て自覚ないんだよね。ふつうに生まれて、なんか何もなかったから、創ってみたの。偶然この世界の最初に生まれただけで、主観的認識のレベルは君らと変わるところって多分ないよ。あっ、おれ頭いいわっ、て意識ができた瞬間から脳みそぐるっぐるしてたくらい。んで、頭にすっごく綺麗なイメージがあるんだけど、ぼんやりとしか覚えてないのね。霞がかったようなそれをなんとかつかもーと考え考えするんだけど、どうしても漠然としか思い浮かばない。しゃーなしだなっ、ともう考える前に手を動かしたわけ。そんでできたのがこの世界」
さくらは寝転がったまま、窓が切り取る小さな夕暮れの空を見上げている。
「
「……どなたですか。
コウは
「そうそう、最初の天使って名乗ってた。今の神官は
「前の世界……」
「ちょう昔の世界。昔すぎて、微視的に似ることあっても今と連続性ないし、そう呼んでる。で、信仰上の
大変でしょお、と同意を求めるようにさくらは言うが、コウにはさっぱり分からなかった。
「もしあなたが創造神だというなら、しかるべき地点から語り起こしてくれませんか」
「創造過程は最初に言ったとおりで、これ以上は噛み砕けないなあ。あ、神話のとおり僕が贋物の神で、それ以前から
自慢げな物言いがいかにも眉唾である。コウは順番に掘り下げていくことにした。
「その、前の世界とやらでも、あなたはやはり神だったのですか」
「うん。前の世界、前のまとまった文明ができる遥か以前の原初よりの神だけど、もちろん最初から信仰されてはいないよ。創造者として人類に同定されたのはだいぶ後……というか、人類創造の実情も、自然と人類が発生するかもしれない、という可能性の種子を世界中に広めに蒔いといて、幸運にもそれが局所的に結実しましたってだけだし。長い間、それが果たしてひとつだけでも芽吹くかどうか、勝手に固唾呑んでひとり見守ってたんだよ。賭けの気分でしたね」
言ってのけるのは、
「はあ。神話では
「単純化ってだけで間違ってないよ。あー、面倒だけど創造した世界の内訳から言うとね、自然という自前の原理で生命を自動生成するハコがたくさんあって、――それを諸惑星とか諸
コウは頭をぽりぽりと掻いた。わからん言葉と概念だらけであった。
「もうちょい、咀嚼させてください。あなたが世界と同時にそれを支配する
「世界というか、宇宙とその星々と言ったほうがよかったね。僕が作った一つ一つ違う性質を持つ独立した生成原理。つまりは惑星、自然、大世界中の小世界、その単位が
見せかけの模像の天使。それは本来、この世界自体の相対性と欺瞞性を指す言葉であったのだろうか。コウの想像のなかで、宇宙的世界像の構造ががらっとさま変わりしてきていた。
「……もっと手っ取り早く人間を作ることはできなかったんですか」
「うん。神様の僕でも、自分より一段上の神をまんま模倣するのは難しかったみたい。
「頼りないことで。そもそも、なぜ人間なんて作りたがったのです」
訊ねられると、「やー言わせないでよ」とベッドにうつ伏せに転がるさくらであった。
「……だだっ広い宇宙にひとりっきりで、寂しかったんだ。多分、不完全な神だからそう思っちゃった。それに
ま、ま、ともかくともかく。自然本性的神である僕や天使たちが人間に発見されるのは、結構後。神って人の信仰に事後的に発見されるものなんだよ。その前提として、人の信仰は偶像性がどうしても介在するから、人の考える神は神自身の考える自己像とかけ離れてることが多いわけ。でも、断絶した神と人の関係はそういう誤解から始めて、徐々に頑張って歩み寄っていくしかないんだよ」
ベッドに突っ伏したまま、さくらは白く細い両足をあらわに、ぱたぱたと上下させている。
「どうも、入り組んできますね。例えば、現実のマリアという人間への偶像的な崇拝が、突き詰められて地上の成立以前からいる
「そうだね。それは人間が信仰を理性によって洗練することでなされるんだ。最初は単なる人間自身の投影だとしても、もっと冷静に神のあり方に見当をつけていくことはできる。素朴な信仰心に生まれた夢みたいな存在だとしても、理性でその輪郭は形作っていける――それは不可視の輪郭だけどね。その営みをはなから卑下することはないよ」
「でも、人が口にする神の名が依然としてマリアのままなら、その信仰が
「僕みたいな実体としての神と、人間の概念としての神がすれ違ったり重なり合ったりするところに神の現実があることは、なんとなく分かるよね。神は言葉である、という
「その旧世界の神というのは、言葉がそうであると考えさせるような存在だったと?」
「説明し忘れてたね、受肉した
さくらはコウの枕にあごを埋めながらけっ、と吐き捨てた。汚いのでやめてほしかった。
「その
「神名は人の神概念の結束機能にすぎないにも関わらず、方々から違う意味合いで同じ名を呼ばれれば、迷惑を被る実体がいる……。どうも、神が自己イメージの調整に手をこまねいているような状況を思わせる物言いですが、そういうことなのですか」
「えーとそうだな、こうイメージすればいいのかも。まず、至高神に分け与えられた真理を思考し続ける複数の純粋精神体、つまり実体的神がぼんやりと虚空に漂っている。人間の偶像的信仰がだんだんと普遍存在への信仰に純化されていくと、神は人に霊的距離を詰められてゆく。人の情念と理性の合いの子としての信仰、つまり神への愛に、神はついつい引き寄せられてしまうわけ。その『引き寄せられている』と感じている自体的感覚も、神はその時点で初めて与えられる。神への愛、つまり神名への信仰がその事態を生むのだから、
神は人の信仰に対応して
「人には知れずとも、確かに人が人格神を信じる限り、神は人格を持ち続ける……」
「身勝手で残酷だとか思う? 僕はそうは思わない。神――君たちの言葉で言う
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