五章 錯誤神

第29話

 世の健全なる青年諸氏が歩兵として前線に追い立てられた結果、本地にはか弱き女子供と、それと同じほど脆弱と見られし不健康な男子ばかりが残される次第となった。女は戦地に発った恋人に思い患い、徴兵制に食い散らかされた残り滓みたいな馬の骨とも知れぬ惰弱な男共を軽蔑したが、ともあれ激化の一途を辿る戦線の人員不安たるや計り知れず、お上がのたまう産めの増やせのお小言は早や徴婚制を公布する大号令に変じるに至り、残留した男女同士が愛はさておき有無をも言わずせっせと子供を作ることを強要されるわけだからして、必定女共は好いてもおらぬ胸板の極端に薄いか厚いかしかない醜男に抱かれる羽目になったのである。女共は恋人の昔日の面影をしっかと脳裏に刻み込み、情事の最中は現実を忘れて幻の像を愛し、忍びがたきを忍ぶるに全精神を集中するのであるが、馬鹿を言ってはいけない、男共にしてみてもこんな種馬のお役目は御免こうむるところにほかならない。二重三重に否定されるわが尊厳と愚息とを省みては嘆息も絶えず、募るのはやはり遥かな戦地に身を投じてはわれらが怠惰の性状を担保している屈強な青年たちへの羨望、嫉妬、申し訳なさ、崇敬、憧憬、その他であろう。そういうわけだから、閨房に引っ張り入れられた男女の間に交わされる話題は、女が慕う彼の地の男に関して思い返されることの全てで、女の気が我ではない誰かに向けられていることを本地の男は否応無く突きつけられるのであるが、それを甘んじてよしとするマナーを彼らも要求されるまでもなく身につけていったのである。

 

                       『聖書ケノボスキオン』附録「火之本の歴史」より

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