回想、追憶 1

まだ小学校にも入る前に、俺と麗は出会った。

俺自身は覚えていないが、互いの両親からはそう聞かされている。

何をするにも、どこに行くにも、必ず二人一緒だったそうだ。


『ヒメちゃんはボクが守るからね』


ウチの母親曰く、何もわからずハナを垂らしてボケーッとしていた俺に、毎日のようにそう言い聞かせていたようで、そんな麗に俺も大層懐いていたらしかった。


『麗ちゃんが先に小学校に上がる時、アンタ寂しくて泣きながら抱き着いて、そのまま離れなかったのよ?』


アルバムを捲りながら、そんな昔話をされた記憶がある。

俺としては、全くもって信じられない話だったが、周りの大人達の中では、俺と麗は仲睦まじい幼馴染だったようだ。


俺の記憶している子供の頃の麗は、正しく王子様だった。

恐ろしく整った顔立ち、心配りの出来る優しい性格、同年代の男子達よりも上の運動神経、これで勉強まで出来るというのだから、クラスの女子は残らず全員、麗に夢中になったらしい。


『姫川くんって時任さんと幼馴染ってホント!?』


『え、うん。そうだけど・・・・・・』


その名声は、一学年下の俺のクラスにまで届いており、幼馴染である俺の下に女子達が集まって来ては、麗に関する質問攻めをよく受けた。

子供ながら、男としての自尊心はほんのちょっとだけ傷付いたが、それ以上にそんな麗と知り合いだと言う事が誇らしくもあった。


俺が三年生に、麗が四年生にそれぞれ上がった頃、ちょっとした"事件"が起こった。


『私、優希くんの事が好きなんだ・・・・・・』


俺が告白されたのだ。

しかも、ウチのクラスで一番可愛いと評判の女子に。

俺は、浮かれに浮かれた。

小学生男子特有の、女子と仲良くするのは恥ずかしい、なんてちっぽけなプライドはあっさりと捨て、毎日彼女と登下校を共にした。


『そういえば、優希くんって時任さんと友達なんでしょ?』


告白を受けて二週間ほど経った頃、彼女にそう訊ねられた。

その頃には、麗はもはや学校中ほぼ全ての女子の人気者で、俺は家の付き合いでちょくちょく顔を合わせるだけになっていた。

そんなヤツでも一応は女子だ、もしかしたら不安にさせたのかも知れない、などと考え――


『いや、家が近いだけだよ。仲が良いのは親同士だけだし、麗とはむしろ仲悪いよ』


そう答えた。

そして、翌日あっさりとフラれたのだ。


『優希くんと仲良くなれば、時任さんとももっと仲良くなれると思って・・・・・・ホントにごめんね』


最後に謝ってから去っただけ、彼女は誠実な方だったと思う。

気付けば、仲が良いと思っていた女子の殆どが、俺とあまり関わらなくなった。

俺と麗の話を彼女から聞いたのだろう、いっそ清々しいほどの手のひら返しだった。

俺は麗の付属品だったのかと、悔しさの余り一人ベッドで泣いたのを憶えている。

その時初めて、ほんの少しだけ麗を恨んだ。


俺が五年生、麗が六年生の頃。


『ヒメちゃん、久しぶりに遊ぼう』


とある日曜日の朝、急に麗がやって来た。

たまに顔を合わせる事はあったが、こんな風に俺を訪ねてくるのは数年ぶりだったように思う。


『・・・・・・なんで?』


『ボクが遊びたいから』


正直、気乗りはしなかった。

この頃俺は、学校の連中から少し距離を置かれていた。

どうやら、俺と麗の仲が悪い、という情報が一人歩きを続けた結果、俺が麗の人気に嫉妬して嫌がらせをしている、などという根も葉もない噂が立ってしまったらしい。

麗に夢中な女子達、その女子達に良い格好をしたい男子達、そしてそいつらの友達、それだけの人間に意識して避けているのだ。

そんなやつらと仲良くする気は元々なかったが、それでも少し辛い。

そんな理由で、麗と必要以上に関わるのは遠慮したかった。


『・・・・・・俺はお前と遊びたくないから』


『関係ないよ、ボクが遊びたいんだから』


断っても、薄く笑みを浮かべてそう返す姿を何故か、ほんの少しだけ恐ろしく感じた。

だから、という訳では無いけれど、渋々家に迎え入れる。

麗は簡単に折れそうにないし、適当に遊んで早めにお帰り頂こうと思ったのだ。


『あぁ、実はボクの友達も近くに居るんだけど、呼んでも良いよね』


『・・・・・・別に良いけどさ、そういうのは早めに言えよ』


『ごめんごめん。でも、可愛い女の子だからヒメちゃんも気に入ると思うよ』


露骨に嫌そうな表情を浮かべていると、そんな余計な事を言い出した。

可愛いかどうかより、麗と二人きりになれない!とその子に逆恨みされて、また新たな悪評が広まるんじゃないか、という事の方が気になっていた。


『ほら、おいでよ倉敷くらしきさん』


そうならないよう、出来るだけ関わらずに過ごそう、そう考えていたはずだったのに。


『うっす、邪魔するぜ』


その意外すぎる登場に、意識を奪われてしまった。

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