回転、屈服
「麗ぃい!!」
振り上げた拳を、真っ直ぐに振り下ろす。
女だとか、幼馴染だとか、田無の好きな相手だとか、そういう理性を全て怒りで塗り潰して、全力でぶつけた。
つもりだった。
「・・・・・・・・・・・・は?」
最初に視界がぐるりと回り、その次に全身が揺れるような衝撃が走る、そして最後に背中に激しい痛みが残った。
投げられた、そう気付いたのは、ニヤニヤとこちらを見下ろし覗き込んでくる麗の顔を認識した時だった。
「キミに強い感情を向けられるのは嬉しいけどね?暴力はよくないなぁ・・・・・・。ボクも痛いのは嫌だからね、思わずこんな風に返してしまって、キミを傷付けてしまう」
それは、暗に"お前では自分を傷付けられない"と言われているようだった。
「くそっ・・・・・・!ぐっ・・・・・・!!」
悔しくて、情けなくて、惨めで、涙が出てくる。
好きな子の気持ちを軽んじられた事が、怒りに任せて暴力に訴えた自分が、呆気なく制圧され転がされる今の姿が――
「あらら、泣くほど痛かったのかい?ごめんね、手加減ってあんまり得意じゃなくてね・・・・・・」
申し訳なさそうなその声と態度が、俺の惨めさをさらに加速させる。
これが全て計算だとしたら、コイツは煽りの天才だろう。
「うーん、仕方ない!」
ぱん、と手を叩き、優しげな笑みを浮かべて、未だに床に転がされたままの俺に語り掛けてくる。
「痛くしたお詫びに、もう一回だけチャンスをあげるね?」
「チャン・・・・・・ス?」
その言葉の意味が分からず、困惑していると、手を掴まれて引っ張り上げられた。
「そう、チャンスだ。本当ならさっきの暴力でペナルティを課すはずだったけど、ボクもちょっとやりすぎちゃったから、そのお詫びにラストチャンスをあげる」
「ペナルティってなんだよ・・・・・・」
「あれ?もう忘れちゃった?これこれ」
キスの写真と、メッセージ送信の確認画面。
宛名は田無美雪。
あぁ、そうだった。
「彼女、ボクの事好きなんだよね?しかもキミに告白されて断ったばっかり・・・・・・。そんなタイミングでボクとキミがキスしてる姿を見たら、どう思うかな?」
「・・・・・・!やめてくれ!!」
「うん、じゃあ、解ってるよね?」
その声は、諭すような、促すような、そんな響きを持っていた。
悪意なんて一切感じない純粋な、だからこそゾッとする、そんな声だった。
「言う通りにする・・・・・・、なんでも言う事を聞く・・・・・・!だから、だから田無の、アイツの気持ちを、踏み躙らないでくれ・・・・・・!」
「ボクはただ、仲良くして欲しいだけなんだけど・・・・・・うん、まぁ今はそれでいいや」
そう言うと、麗は送信確認の画面を開き、キャンセルを押した。
とりあえず、今すぐあの写真が送られる事はないだろう。
「でも忘れないでね、いつでも好きな時に送れるって事」
「あぁ・・・・・・、わかった・・・・・・!」
「ふふふ・・・・・・!嬉しいなぁ!それじゃあ、改めてよろしくね!"ヒメちゃん"!!」
力無く項垂れる俺の耳に、遠い昔によく使われていた呼び名が聞こえる。
こんな状況だというのに、なんだか懐かしいなと、場違いな事を思ってしまった。
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