仕掛、激昴

あまりにも突然の出来事で、俺は固まってしまっていた。

唇から伝わる柔らかな感触と、麗から漂う柑橘系の爽やかな匂いで、脳が甘く痺れているような感覚に陥る。


「あーあ、キミが意地を張るから、強硬手段に出ちゃったじゃないか」


「な・・・・・・にを・・・・・・?」


拗ねるような口調とは裏腹に、麗は満面の笑顔を浮かべている。

対する俺は、未だに混乱から脱する事が出来ずにいた。


「ビックリしてるね、もしかして初めてだった?そうだったら嬉しいな、ボクもそうだからさ」


「お前・・・・・・頭おかしいんじゃないのか・・・・・・!?」


「そういう言い方は傷付くなぁ・・・・・・。傷付き過ぎて、このキスシーンを拡散しちゃいそうだなぁ」


「・・・・・・はぁ?」


急に訳の分からない事を言い出した麗に、混乱の色を深くする。

拡散?なにを言っているんだコイツは・・・・・・?


「うん、よく撮れてるね」


ほら、とコチラに向けてスマホの画面を突き出される。

そこに写っているのは、先程のキスの光景だった。


「おまっ・・・・・・!これっ・・・・・・!?」


「いつの間にって?そんなの簡単だよ。ちょっと機械に詳しければいくらでもやり様はある」


得意げにそう語ると、教室の隅に積まれている机と椅子を指さす。

陰になっていて見辛いが、よく目を凝らして見ると、鈍く光る黒いカメラが置いてあった。


「スマホと連携出来るタイプでねぇ?こうやって画面をタッチするだけで・・・・・・ほら」


再びこちらに向けられた画面には、間抜け面の俺が写っていた。

唖然としてそれを見つめていたからか、完全なカメラ目線で写っている。


「お前、最初からコレを撮るために・・・・・・?」


「いやいや、言ったでしょ?強硬手段だって。ボクだって本当は、キミを脅すなんて事したくないんだよ・・・・・・」


そう言って、しおらしく俯く、"フリ"をする。

口元の笑みを隠そうともしてない辺り、誤魔化すつもりもなく、ただただ俺を揶揄うためだけの態度だ。


「なんのために、こんな!」


「んー?脅しかな?」


「脅し・・・・・・だと・・・・・・?」


本当に意味がわからない、なぜこんな写真が脅しになるのか、そもそもなぜ俺が脅されなければいけないのか、何ひとつ理解ができない。


「仲良くしてくれないなら、仲良くするための"理由"を用意してあげようと思ってね?なんでか、キミはボクを避けようとするから」


「なんでか、だと・・・・・・!?お前、自分が俺に何やってたのか忘れ――」


麗のその、自分の今までの行いを棚に上げるような言動に我慢できず、思わず詰め寄ろうとする。


「これはその保険だよ」


しかし、その勢いはすぐに萎んでしまった。

彼女が三度こちらに向けてきたスマホの画面、そこにはメッセージアプリが表示されていた。

相手の名前欄に書いてあるのは――


「田無・・・・・・?」


「うん、田無美雪ちゃん。前にせがまれてID交換したんだぁ」


実に楽しそうにニッコリと笑う。

そして、手元でなにやら操作をしてから、またこちらに画面を向ける。

そこには、先程のキスシーンの写真と、送信しますか?という確認画面が表示されている。


「・・・・・・やめろ」


「どうして?」


「お前、昨日の告白見てたんだろ・・・・・・?」


「うん、見てたね」


事も無げに、なんの感慨も無く、ただ事実確認をするような口調でそう返してきた。

なんで・・・・・・、なんでそんな・・・・・・。


「アイツは!田無は!お前の事が好きだって!そう言ってたんだぞ!?」


そんなヤツに、なんでそんな真似ができるんだよ!?


「うーん、でもさ」


やめろ。

これ以上怒らせないでくれ。

我慢が出来るうちに、全部冗談だったと、行き過ぎたジョークだったと言ってくれ・・・・・・!


「ボクは別に」


だがその願いは届くはずもなく――


「あの子の事、興味ないから」


ぷつん、と音がした、気がする。


「麗ぃい!!」


気付いたら拳を振り上げていた。

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