百四十の城

遂に私達は白く美しい連立式天守の真下にいた。


天守の前の広場にはチケット売り場と休憩所を兼ねたお土産物屋が置かれていて数人の観光客が暑さしのぎにベンチに座っている。


流石に熱さに耐えられなくなってきた私達は天守に入る前に自動販売機で冷えた飲み物を購入して一息ついていた。


「流石に暑いわ。なんとかハンドファン浴びたり水分を少しずつ補給しながら耐えてたけど・・・」


訪ちゃんはそう言って手で顔をパタパタと仰いで冷えた缶コーラを首に当てていた。


「そうだね。」


私は訪ちゃんに頷いてハンドファンを浴びる。


休憩所のエアコン風をハンドファンでより強く浴びるためだ。


私は新しく買ったペットボトルのお茶を口にすると体の体温が急激に落ちたような気がする。


私の体はすっかりと落ち着いたような気がした。


私達が体を冷やしているとあゆみ先輩が休憩所に入ってきて



「はい」


と私たちに天守へのチケットを手渡してくれた。


「先輩、まさか私達に変わってチケット買いに言ってくれてたんですか?」


まさか私達が体を冷やして落ち着いている間に入場チケットを買いに行ってくれていたなんて。


わざわざ気遣ってチケットを買いに行ってくれる先輩に申し訳なく感じる。


先輩も暑いはずなのにだ。


訪ちゃんは冷えた缶コーラを首に当てながら


「さすがあゆみ姉やわ、ありがとうさん。」


訪ちゃんはすっかり落ち着いてすっかりだらりとした体でゆっくりと手を前に出して先輩が差し出したチケットを受け取る。


私は両手でチケットを受け取ると先輩に


「ありがとうございました。」


とペコリと頭を下げた。


先輩も丁寧に頭を下げて


「どういたしまして」


とニコリと笑顔を作った。


私はまだ大阪城の天守にも入場したことがない。


だから和歌山城の天守は私にとっては人生で初めてのお城の天守なのだ。


そう思うと感慨深くってなんだか嬉しくってそのチケットをまるで1万円札を取り扱うように大切に財布にしまった。


「そういや初めて登楼する天守になるんか・・・」


訪ちゃんが私が大切そうに財布に入場券をしまう姿を見るとふと思い出したかのようにそう言った。


「そっか・・・すっかり忘れていたけれど、大阪城の天守、まだ入ったことが無いのね。」


「うちもすっかり忘れてたわ・・・・」


先輩も訪ちゃんも申し訳無さそうにしている。


どっちのが城が先のほうがいいとかそう言うのは無かったが確かに行く機会がなかったのは事実だった。


「近くて行く機会が多いからこそついつい後回しになってしまうんですよね。」


私がまさにそれだった。


それに比べると和歌山城の天守は大阪城よりは再登城することは少ないだろう。


そう考えるとぜったいに入場しとかなければならない。


それだからこそ今回初の天守になったのだろう。


「じゃあ、しっかり楽しまなくちゃね。」


先輩はなんだか嬉しそうにそう言った。


「そう言えば二人が初めて入った天守はどこのお城なんですか?やっぱり大阪城ですかね?」


私が聞くと訪ちゃんは真っ先に首を縦に振って


「そうやな、うちは大阪城が一番最初やったわ。」


訪ちゃんはなんだか嬉しそうにそう言った。


「私は名古屋城よ。」


「名古屋城・・・」



愛知県にある大きなお城だということは分かる。


名古屋城は「尾張名古屋は城でもつ」と言われる誰もが知る名城だ。


私もお城の知識を収集してる時に行き当たった言葉だけど名古屋城は大きなお城だということくらいは別に調べなくても知っていた。


「そう名古屋城、私が小学生の頃にお城に興味があると知った父と母が勉強のためにって東京から愛知県に二泊三日の旅行に行った時についでにと言って連れて行ってくれたの。」


「それは初耳やな。」


あんなにも仲良しの訪ちゃんがそう言うくらいだから先輩はあまり誰にも話していないのだ。


「そうかもね、だって話す機会がなかったのだもの。それにあんまり良い思い出でもないからね。」


先輩はそう言って苦笑いした。


「その頃私はお城に興味を持ったばかりの頃だったわ。その頃の私は天守と言えば木造が当たり前だと思っていたから、外観復元天守の名古屋城に入った途端不機嫌になって、こんなの天守じゃない。って言って、入場するまでは上機嫌だったのにすっかり父と母を困らせちゃって。」


今はどんな形のお城も受け入れている先輩もお城を覚えたての小さな頃はお城の構造だけで不機嫌になるような時があったのだなと感慨深げだ。


いや、それよりも小さい頃の先輩を想像するとちょっとだけほんわかとするような気がするのは気のせいだろうか?


「私がぷりぷりと怒っていると段々と空気も悪くなって、私もそれに気づかずに遂に「木造じゃない天守は天守じゃない!」って大きな声で言っちゃったの。するとお父さんが私が見たこともないくらいに怒って「お城の天守を残したくても残せなかった人達が日本中にたくさんいるんだ!その人達に謝れ!」って怒られちゃって。その通りよね・・・」


家族旅行で子供が不機嫌になって全体の空気が悪くなって遂にお父さんが怒るというのはよくある話だけれど怒り方も先輩のお父さんらしい怒り方だ。


訪ちゃんはそれを聞くと


「お父さんもお城大好きなんやな。普通はせっかく連れてきたのに、とか、もう連れて来んぞって怒るけど、お城を残したくても残せんかった人に謝れって怒るのは生粋の城好き親子やな。」


と声を出して笑った。


「でもその時の私の胸には何故かストンと落ちたわ。私は父の言葉ですっかり泣き止んで天守を見学したけど、でも、一度落ちたテンションはその日は帰って来ないわよね。だって子供だもの・・・最悪の旅行に最悪の初天守だったわ。だから名古屋城はご機嫌だった時に見た外観の印象はむちゃくちゃ強いけど、内部の印象があんまりないのよ。」


先輩はそう言って手を頬に当てて困ったような顔をした。


先輩でも小さな頃は融通の聴かない所があって、それで家族を困らせてしまうような時があったのだと、なんだか今と昔のギャップを感じることが出来る良い話を聞いたと私は内心思っていた。

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