百三十九の城

七福の庭から石段を登ると私達は遂に本丸にたどり着いた。


私達が石段を登った先の本丸のくびれの部分で後ろを振り返ると小さいながらも立派で白く輝いている天守が目の前に現れる。


天守までは傾斜があるからか遠くから見た時よりも大きく見えるような気がして強そうに見える。


「石落としの開口部が他の城よりも広く見えるな。」


「多分だけど・・・広いわ・・・」


あゆみ先輩は石落としと言われるお城の角にある隙間を見て二人で顔を見合わせる。


「あの隙間って普通と比べると広いんですか?」


普通の広さが分からなくって先輩にそう問いかけると先輩は頷く。



「広いと思うわ。感覚でしか無いけれど、攻撃的な天守よね。」


「攻撃的なんですか・・・?」


基準がわからないから先輩にそう言われると納得するしか無いが、そもそもあの隙間は石垣を登る側からすると隙きでしか無いのではないだろうかとぼんやりと考える。


「お城の櫓の角はクライミングには最適になっているからお城を攻撃する敵は石垣を登って天守に火をかけたり上手く行けば侵入したりしようとするのよ。それを防ぐための石落としなんだけど、姫路城の石落としとかは和歌山城ほど開口部は広くなくって石落としと言うよりも鉄砲の先端を出したり槍を落としたりそれくらいの隙間になっているの。もちろん鉄砲で攻撃されれば無防備の兵隊はたまらないわね。」


確かにその通りだ。


兵隊が石垣を登っている間は隙だらけなんだから訓練された兵隊からすれば止まっている的を撃つのと変わりないはずだ。


世界遺産の姫路城はその隙間を細くとって反撃される隙きを小さくしているのだ。


「和歌山城は石落としを広く取ることで大石で攻撃することも想定しているのかもね。鉄砲もより角度をつけやすいし石垣に群がる敵を攻撃しやすいわね。」


お城の中に攻撃を及ばないようにしている姫路城とそれと比べて開口部を広く取ることで外へ攻撃をしやすいようにしている和歌山城。


先輩が攻撃的だと言ったのはそう言うことなのだ。


天守はお城の最終拠点だ。


ここまで敵が迫ってきて囲まれると殆ど戦いは終わっているようなものだ。


どの城も最後の一兵まで抵抗するぞと言う気持ちで天守を作っているのは確かだけど和歌山城はそれがより攻撃的な方向に出ているみたいだった。


「和歌山城って石垣も荒々しいけど石落としも荒々しいんですね。」


「そやなあ、しかも連立式天守やし防御力は兎に角あるよな。」


訪ちゃんの言葉に和歌山城が防御のために体は小さいけど分厚い筋肉をまとっているように思えた。


「連立式天守は天守の完成形の1つと言われていて大天守、小天守、各々の櫓とつなぐための多聞櫓と2つの櫓で構成されているからほとんど死角がないし、他の曲輪が取られても連立式天守だけで独立して防御できることが特徴ね。それに比べると独立式天守、複合式天守、連結式天守っていうのがあるのだけど本丸曲輪を取られると殆ど無防備になってしまうわね。」


先輩の説明に私は大阪城の大きな独立式の天守を想像する。


私の知っている天守は大阪城の天守とこの和歌山城の天守くらいだからだけど、先輩にそう言われても大阪城の天守の方が和歌山城の天守と比べても圧倒的に強そうな気がして大阪城の天守が単一で建っていても私には攻め落とせるような気がしない。


私がぼんやりと考えていると訪ちゃんが私の心の中を読んだかのように


「大阪城の天守は見た目で威圧することが防御に寄与してるんやで。」


と補足してくれる。


「そもそもあれだけの枡形門の連続で構成されてたら、連立式がどうこう言う以前の問題なんやけどな。」


訪ちゃんの言葉に私はあの強そうな大手枡形門を思い浮かべて確かにその通りかも知れないと思った。


「訪の言う通りね。だけどその大阪城も本丸曲輪を取られてしまうと天守は殆ど無防備になるわ。連立式天守は連立した内部の区間に食料蔵、井戸、武器庫が造られているの。和歌山城の天守は本丸曲輪を取られても連立式で建てられたお陰で独立した防御ができる真の本丸曲輪と言えるわね。」


独立した天守だと天守内部しかスペースがない分、武器庫も食料庫も井戸も天守内部に作らないといけないけど連立式天守は区画を四角く囲うように作っているため櫓に囲まれた内部のスペースに蔵を作れる上に天守内部のスペースにも武器や食料を備蓄できるから防御に幅が生まれるのだ。


「なんだか凄いんですね。連立式の天守って」



想像するだけで兎に角強そうなのが連立式天守なのだ。


「聞くだけでメリットばっかりなんですけどデメリットは無いんですか?」


私が問い返すと先輩は人差し指を顎に当てて少し考える。


「ウ~ン、難しいわね。強いて上げれば防衛する範囲が広くなるから、そうなると防衛に手薄な場所が出来るかも知れないわ。そこを突かれたらちょっと危ういかもね。特に和歌山城は野面積みの石垣で石積みを高く垂直に出来ない分だけ姫路城や伊予松山城よりも防御面で不利よ。和歌山城の天守の特徴でもある長い多聞櫓は特に危ういわね。」


先輩はそう言って視線の奥の方に見える多聞櫓に目を向ける。


「とは言え、やっぱり堅固なのは確かよ。」


先輩はそう言って少し固くなった顔を緩めてそう言った。


連立式天守は先輩がそう言って太鼓判を押すくらいに防御に長けた天守なのだ。

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