百三十八の城
松の丸の高石垣から石垣沿いのそれほど広いとは言えない通路が松の丸だ。
松の丸から見上げる本丸石垣はもう南のまるや砂の丸で見た綺麗で丁寧に積み上げられた打ち込み接ぎや切り込み接ぎの石垣はもう存在しなかった。
「このあたりの石垣の殆どは桑山時代のものよ。和歌山城はいろいろな顔を見せてくれる下層と荒々しい昔ながらの戦国の城を見せてくれる上層でガラリと雰囲気が変わるのが素晴らしいところよね。」
あゆみ先輩は鋭利で今にも怪我してしまいそうな石で組まれた野面積みの石垣に囲まれてとても楽しそうにしている。
訪ちゃんも強そうな石垣を見て少し興奮しているような気がする。
「すごいな!すごいな!ゴツゴツと荒々しくてかっこええわ。」
訪ちゃんは以前にも和歌山城に来たことがあるはずだけどその頃の記憶が少し薄れているのかもしれない。
それともお城が好きだと何度来ても初めてきたような気持ちをいつでも取り戻せて楽しめるのだろうか。
それだったらなんて素敵なことなんだろうかと思った。
お城って旅も楽しめて歴史のことも知れる。
そしてなんと言ってもお城ってなんだかワクワクする。
訪ちゃんのはしゃぎようを見るとそんなふうに思えるのだ。
「ほらほら見て、七福の庭やって。」
訪ちゃんはテンションが上がっているお陰で何を見ても物珍しく感じているようだ。
色々な形の7つの岩で造られた庭を見ても大はしゃぎだ。
大きくて四角い石や小さくて可愛らしい八重歯みたいな石など形が様々だ。
どうやら七福神を模して集めた石みたいでそう思ってみると段々と石が七福神に見えてくる。
と言っても私が知っている七福神は弁財天と大黒様くらいだけど・・・
「あの大きくて四角い石が毘沙門天くらいは分かるけど他の石は分からんわ・・・」
訪ちゃんは四角くて大きな石を見てそう言った。
「あの先端がフニャッと尖った石は寿老人、寿老人の前の石板みたいな石が弁財天、丸い石は大黒天、その隣の八重歯みたいに尖った石が福禄寿、その前の平で四角い石が布袋尊、一番右端の石が恵比寿よ。」
「すごい!」
「よく分かったな!」
石の形だけ見ても分からなかった私達は先輩が少し見ただけでどの神様かを言い当てたことに驚くが先輩はニコニコしながら
「この説明板に書いているじゃない。」
と隣に立っていた説明板を指差した。
「なんや、それでか・・・そんなんやったらうちでも分かるわ。」
訪ちゃんはそう言って看板の写真と眼の前の石たちを見比べるが多分だけど先輩は私達の隣で何も見ずに説明していた。
私達があの石は何だろうと考えている一瞬の間に七人の石を全て記憶して間違えずに言えるなんて私では出来ることではないなと思った。
私が感心していると先輩の横で訪ちゃんが
「七福の庭は清正好みやねんで、徳川頼宣の正室の八十姫が清正の娘やった縁で造られてんで。」
と訪ちゃんが自信満々に教えてくれた。
私はそれをホウホウと聞いていたが先輩はプッと笑った後にコホンと咳払いをすると姿勢を正して
「頼宣が紀州に入国した時点で清正はすでに死去しており、また庭造りにも造形が深いとも言えず疑問が残ります。七福の庭の成立については今後も検討が必要でしょう。」
となんだか他人行儀にアナウンスしているみたいな言葉で訪ちゃんを補足した。
訪ちゃんはハッとして急いで説明掲示板を見ると顔を真赤にして絶句する。
「ちゃんと説明掲示板は全部読みなさい。あなたの事だから清正の名前を見て浮かれてしまって前後が抜けてしまったんでしょうけど。」
先輩はそう言って絶句している訪ちゃんの頭をポンと軽く手を置いた。
「せっかく読んだのに・・・そんなん反則やわ・・・」
訪ちゃんはしょんぼりしてうなだれてしまう。
「全部読まないと読んだとは言わないのよ。」
先輩はそう言って訪ちゃんを嗜める。
二人がやり取りしている間に説明掲示板を読むが
「一言一句も間違えずに・・・」
と今度は私が絶句してしまった。
少し読んだだけでこの記憶力なら訪ちゃんはまだまだしばらくは先輩に勝つことは出来ないだろうなと私は二人を見比べてそう思うのだ。
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