百三十六の城

「えっ?先生天守には一緒に行かないんですか?」


私達はヌーンとした顔を持つトラの石像の前で三人で驚いた。


「そうよ。あんた達がまだ天守に言ってないならまだまだ時間もあることだし、御橋廊下から西の丸庭園に足を運んでみたいの。」


天護先生は私達とは全く逆のコースで西の丸庭園に足を運ぼうというのだ。


私達三人はせっかく合流したのだからと一緒に天守に行こうと誘ってみたのだが先生の西の丸庭園へは絶対に行きたいようでこれ以上は何を言っても意味のない問答のようだった。



「私がいなくても天守は逃げないわ。三人で楽しんできな。」


「まあしゃあないな、御橋廊下は気をつけて渡るんやで。」


どうしも御橋廊下から西の丸庭園へ行こうという先生に訪ちゃんは注意を促す。


「ん?御橋廊下に注意?」


先生は何を言っているのかよく分かっていないのか頭にはてなが沢山浮かんでいるような、とにかくなぜ注意を促されているのかよく分かっていないようだった。


訪ちゃんは床板の縁の痛みを思い出したのか



「あそこの床板の角を踏んだら激痛やからな。」


と痛そうな顔をしながら先生に教える。



「床板の縁って、あの転けないようにわざと交互に角が飛び出るようにした床のこと?」


先生は不思議そうな顔をして訪ちゃんに問い返すと訪ちゃんは神妙な顔をして頷いた。


「そうや、悪魔の床や・・・」


訪ちゃんがあまりにも真剣にそう言うものだから先生は遂に吹き出してしまって


「あはははは・・・あんた馬鹿ね・・・あんなただ斜めに掛かった橋の滑り止めの為に少し尖らせただけの床板で怪我したの?あんなところで怪我するだなんて本当に大したもんね。」


先生はそう言って私達の心を思いっきり無意識でえぐるような言葉を突き刺してくる。


『ぐさり』


私の心の中の何かが切りつけられるような音がした気がした。


それは訪ちゃんも同じようで、普通に当たり前の言葉で正論を投げかける。


よく考えたら先生の言うことがあまりにも当然過ぎてそこで激痛騒ぎを引き起こした私達はただただ「はい。」と言いながらうなだれるしか無かったのだ。


「あはははは・・・本当に馬鹿な子たちだわ。規格外ね・・・」


先生がそう言うとあゆみ先輩が先生を諭すように


「先生、もうやめてあげてください。二人は本当に物凄く怖がりながらそれを克服して御橋廊下を渡りきったんです。二人にとっては内面の克服が必要なくらいにトラウマがあった御橋廊下を先生自身の基準で簡単に否定して笑うのは良くないです。」


先輩はそう言って私達をフォローしてくれているつもりなのだろうが、余計に私達の心をえぐるような言葉で先生を諭す。


先生は先輩にそこまで言われるとちょっと真顔で私達に向き直すと丁寧に頭を下げて


「ごめんなさい、あんな場所で怪我する人なんていないと思っていたのだけど、あなた達はトラウマを背負って克服しなければならないくらいの高い壁だったのね。ただの堀渡しの廊下だと思ってたけど忠告ありがとう、注意するわ。」


先生・・・こっちこそ、ごめんなさい。


私達はただ先生に痛い思いをしてほしくなかっただけなんです。


だからこれ以上私達を伏虎像の前で辱めないでください・・・


私が心のなかで許しを乞うていると訪ちゃんが遂に泣き出しながら


「ふん!せっかく優しく忠告したったのになんちゅう言い草や!あんたみたいな人は床板の角を思いっきり踏んで『いたーーーーい!』って思いっきり叫びながら御橋廊下ですっ転んで堀に滑り落ちたらええねん!」


たっ訪ちゃん!?


それ半分私!


「あっはははっ!何それ?ほんとに意味が分からん子だわ。ハイハイ忠告ありがとね私はさっさと橋渡って西の丸庭園で抹茶でも堪能してくるわ。」


先生は訪ちゃんが怒る姿を目に涙を浮かべて笑いを堪えながらそう言ってヒラヒラと手を振って去って行く。


訪ちゃんはその姿を目で追いながら


「ばーかばーか!あーほ!」


と悔し紛れに先生の背中に投げかけたが先生には訪ちゃんの声が聞こえてないのかスタスタと二の丸に姿を消してしまった。


「ふん!何やあのおばはん!ホンマにはらたつわ!なっさぐみん?」


訪ちゃんはそう言ってハアハアと肩で息しながら私に同意を求めてくる。


私は鉄仮面のような冷たい顔で


「訪ちゃん・・・さっき先生に言ったの、あれ半分私だよね・・・」


「ん?」


私の問いかけに訪ちゃんはとぼけた顔で不思議そうに私の顔を見つめた。


「訪ちゃん・・・さっき先生に言ったの、あれ半分私だよね・・・」


「ん?」


「訪ちゃん・・・さっき先生に言ったの、あれ半分私だよね・・・」


「ん?」


私は永遠に終わらない問いかけを虎の像の前で繰り返すのだった。

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