百三十四の城
「さあ、今から天守に向かうけどこの二の丸から石段を登って天守に向かうか二の丸から御蔵の丸を通って松の丸方面から向かうか、どっちが良いかしら?」
あゆみ先輩の提案に私と訪ちゃんは考え込む。
御蔵の丸は大手門から岡口門に向かう時に通った曲輪で、二の丸の石段とは二の丸御殿跡の目の前にある石段のことで、どうやらつづら折りになっている石段らしく本丸に直通していた。
どちらの方から天守に向かっても同じように楽しめるとは思うが、どちらも自分にとっては未知の空間なので私にはピンと来ず、訪ちゃんは一度和歌山城に来たことがあるので私は訪ちゃんの意見に従おうと思った。
「うーん、難しい問題やけどさぐみんが良ければ、うちは松の丸の高石垣を登りたいかな・・・」
訪ちゃんはそう言って私に意見を求める。
構造を理解していない私には否も応もなかった。
「訪ちゃんが行きたいならそっちで行こうよ。」
私はそう言って訪ちゃんの目を見て頷いた。
「じゃあ訪の言う通りに松の丸から高石垣を登って岡口門を見下ろしてから天守に向かいましょう。」
先輩は私達が頷きあうのをみて道を決める。
私はつづら折れの石段もなんとなく気になるような気がしたが、今日全部回れなくても良いと思った。
三人いればまた再び登城することになるんだ。
私は三人でいればおなじお城できっと楽しめる。
確信に近い感覚でそう思えるのだ。
私はそう思いながら先輩に従って松の丸方面を目指した。
二の丸から御蔵の丸の通路には少し大きな虎の石像が置かれていた。
石像の台座には伏虎と書かれていた。
虎が伏せているから伏虎なのだ。
「なんか知らんけどよく見ると可愛い顔してるわ。」
そう言って訪ちゃんは私よりも低い身長だからか伏虎を見上げる。
猫科の動物が好きだからというわけではないが、この伏虎は少し人間っぽい顔をしていてなんだか親近感が湧いてくる。
「なんか口元が笑ってるね。」
なんだかその笑った口元が可愛さだけでなくふてぶてしさも感じさせてなんとも言えぬ雰囲気を醸し出していた。
「この子、なんだかフンと自信満々な態度をとってる気がするよ。」
私がそう言うと訪ちゃんが笑って「確かに」と頷いた。
すると私達の隣から
「その通りね、なんだか生意気な雰囲気を持つ虎ね。」
と同意の言葉が聞こえる。
私は無意識に
「先輩もそう思いますか?なんだか自信満々そんな雰囲気がしますよね。」
と声の聞こえた方向に目を向ける。
先輩がそこに立っていると思ったが先輩は私達の隣に立つ女性の更に更に奥に立っていて伏虎の石像を眺めていた。
そう、私達二人の横に立っていたのは先輩ではなく今頃お菓子に舌鼓を打っているはずの天護先生だったのだ。
私達は驚いて「えっ!」と後退りしてしまう。
今までいなかった人が突然現れたのだから私も訪ちゃんも驚かないはずはないのだ。
先輩はあたかもこの伏虎像の前で待ち合わせしていたかのように普通の態度だったがもしかしたらもっと前から先生が伏虎の前に立っていることに気づいていたのかもしれない。
先生は私達の反応にニヤッと笑う
「あんたら、驚きすぎでしょうよ。私はあんたたちが伏虎像の前に来るほんの少し前から立っていたわよ。あゆみはすぐに気づいたみたいだけど。」
先生はそう言って私達の反応を楽しんでいるようだった。
「えっ?なんでこんな所に・・・?どっかのカフェでデザートを食べてるはずでは?」
訪ちゃんがそう言って目を白黒させる。
私もすっかりそう思っていたが先生は訪ちゃんの頭に軽くデコピンすると
「ばーか、何度もいわせるな。いくら甘い物好きって言っても何時間も連続で食べ続けれるわけ無いでしょ。時計を見なさいな。」
先生はそう言ってスマホの画面をズイッと私達に向ける。
スマホのホーム画面には大きな文字で14と数字が表示されていた。
私たちが和歌山城に到着してから気づいたら3時間以上立っていたのだ。
「こんなにも・・・」
あまりの時間の経つスピードが早すぎて私はスマホの画面を見て驚いた。
先生は伏虎みたいに自信満々、不遜な顔で腕を組んで私達を見下ろしていた。
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