百三十二の城

時代を感じる西の丸庭園を楽しみ、御橋廊下を通り抜けて二の丸御殿跡に私達は立っていた。


二の丸御殿跡は現在は建物などがない空間で広い敷地だけがただ残されている。


そして内堀の方向を見ると和歌山市庁などのビルが広がっている。


西の丸庭園が江戸時代を味わ合わせてくれる空間だとしたら二の丸御殿跡は過去に飛ばされた感情を現在に引き戻してくれる、そんな空間のような気がした。


御橋廊下は過去から現在へと引き戻してくれるタイムトンネルなのだ。


「二の丸御殿は実は大阪城と繋がりがあるのよ。」


あゆみ先輩はなにもない広い空間を見てそう教えてくれた。


「大阪城と?秀吉と秀長の関係だけじゃなくって?」


訪ちゃんは先輩に聞き返す。


和歌山城と大阪城は姉妹城郭として提携しているという話は以前に聞いた。


それはお城を築城した秀吉と秀長の兄弟関係だったからだということだが、それ以外にも大阪城との関係があるという話は意外だった。


「大阪城の施設が明治維新の時の大火によって焼けたことは以前にも話したわね。焼けたのは櫓だけじゃなく、本丸御殿も焼けてしまったの。」


「そうなんや・・・とんでもなく範囲の広い火事やったんやな・・・」


訪ちゃんはとても残念そうにそう言った。


「そうなのよ、とにかく大阪城は火事とは縁の切れない不幸な城郭だけど、御殿だけは一度目の火災の時に再建して以来無事だったのだけど・・・明治維新後に大阪城には陸軍が入って大阪鎮台となったわ。」


「大阪鎮台・・・?」


おそらく軍隊用語の何かなんだろうけど特に軍関係の用語は難しいのだ。


当然私なんぞにわかる訳はない。


「そう、鎮台、軍隊の単位と言えばいいかしら。鎮台は軍の単位の中では最大規模の単位だと頭に入れておけばいいわ。この鎮台は後に師団に変わるのだけど鎮台にしても師団にしても曖昧な単位よね。師団も鎮台も数万規模の軍団だと覚えておくと分かりやすいかもね。」


先輩ですら曖昧にしか覚えていないのだから私なんぞは到底覚えられないだろう。


鎮台や師団はとにかく大きな単位だということだけ私は理解しておけば良いのだ。


「大阪鎮台って弱かったらしいな・・・」


訪ちゃんはそう言ってキシシと笑う。


軍隊の強い弱いってよく分からないけど訪ちゃんが言うくらいだから弱かったんだろうなあとふんわりとした感じで頭の中にインプットしようとしていたが、先輩が強い口調で否定する。


「それは風説よ!」


突然先輩が強く否定するものだから私も訪ちゃんも驚いてズッと後ろに後退りしてしまう。


「せっ、せやけどよく戦争とかの話聞いてるとよく負けるって耳にするで・・・」


訪ちゃんは突然先輩に怒られて冷や汗をかいていた。


「大阪鎮台は大阪という土地柄、兵隊の出自が商人の家庭が多かったの。対して他の鎮台は農家の出自が多かったわ。農家の家系は肉体も精神も逞しいという思い込みが当時はあったのよ。それと比べて商人の家系は利に聡く生き残るためには恥も外聞もなく逃げ去るという思い込みが蔓延っていた。特に歩兵第8連隊にはそう言う風聞が立っていた。でも西南戦争で西郷軍の鎮圧に大活躍したのは大阪鎮台歩兵第8連隊だった。西南戦争でのあまりの活躍ぶりに歩兵第8連隊は明治天皇から軍隊唯一の御嘉賞をいただくほどだったわ。」


「そ・・・そうやったんや、うちはとにかくその辺の歴史は疎くて、以前に読んだことある小説になんたら書いてたから・・・」


訪ちゃんは先輩に抑えて抑えてと手を前に出して宥めながらそう言い訳をする。


「小説はエンターテイメントであって歴史ではないわ。」


「う・・・うん、そうやな・・・小説を鵜呑みにして信じたうちが馬鹿やったわ・・・」


訪ちゃんはそう言ってヒートアップした先輩を宥めるために手を合わせて頭を下げる。


訪ちゃんのその行動で先輩はハッと我に返って顔を真赤にする。


「ご・・・ごめんなさい・・・と、とにかくよく言われる大阪鎮台の弱兵の話は風説で、逆に大阪鎮台は織田信長の丹波攻略を幾度となく阻んだ赤井直正の通称をとって『丹波の赤鬼』って言われるくらいの強さだったと言われているわ。」


先輩はそこまで言うと黙ってしまった。


多分突然ヒートアップして訪ちゃんを困らせたことを恥じているのだ。


「・・・本当にごめんなさいね・・・」


先輩はしばらくして頭を下げてくれた。


「分かっているけど歴史の事だとついつい熱くなってしまう時があるの・・・」


それはいつも突然スイッチが入るのを見ているからわかるのだが先輩も自分でもわかっていたのだ。


「まあええって。好きなことやからストイックなんは分かるから。」


訪ちゃんはそう言って笑った。


「そうですよ。だから次は大阪城と和歌山城の関係をしっかりと教えて下さいね。」


私も先輩を励ましたい気持ちも込めてそう言った。


それにさっきまで話していたことが途中なのだから気にならないわけがない。


先輩はゆっくりと「うん」と頷いた。

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