百二十九の城

遂に和歌山城に到着してから謎の橋だった御橋廊下に足を踏み入れることになった。


橋の内部は土足厳禁のため私達は穿いていた靴を脱いで橋を渡ることになった。


橋の内部には明かり取りの窓がところどころに置かれているだけのシンプルな橋だった。


傾斜のきつい洗濯板を敷いたみたいな床板以外は・・・


「床板が意外に滑るねん・・・」


訪ちゃんはそういいながら恐る恐る床板に足を置く、滑って転けないように床板の縁の部分に足を置いて慎重そうにしているけど前回、橋を渡ったとき受けた足の裏の痛みがいまだに忘れられないらしい。


訪ちゃんがあまりにもゆっくりと床板に足を置くものだから私もなんだか怖くなってゆっくりと床板に足を置いた。


傍目から見ると私達のへっぴり腰はとんでもなく滑稽なはずだ。


事実私達よりも先に橋を渡っていたカップルたちは私達と橋の出入り口ですれ違う時にクスクスと笑っていた。


あれは絶対後で笑いすぎてお腹が痛くなるくらい私達を嘲笑っているはずだ。


あのキャッキャキャッキャと幸せそうなカップルたちの笑いの種になるのは本当に嫌だったが不用意に足つぼを刺激して足が痛くなるのはもっと嫌だったので私は恥を捨てることにする。


そんな私達を全く気にせずあゆみ先輩はスッといとも簡単に床板に足を置いて何事もないように歩いていく。


もちろん橋の傾斜は結構きついので滑らないように慎重ではあるのだが、私達なんかよりも断然素早くそして涼やかに歩いていくのだ。


あれ?先輩も結構傾斜がきつくて怖いって言っていたような・・・


私は橋を渡る前の先輩の話を思い出しながらゆっくりゆっくりと抜き足差し足訪ちゃんと二人で先輩の後を追った。


「何馬鹿なことしてるのよ・・・二人共怖がりすぎよ。訪、あなたまさかそこまで怖がっているとは思っていなかったわ。」


先輩は情けない私達の姿を呆れ顔でそう言った。


「だって痛いんやで、足が痛いんやで!」


先輩の呆れ顔に抗議するように訪ちゃんは強い口調でそう言って私に振り返ると


「なっ。」


と私に同意を求めてきた。


私は先輩の言葉にちょっと怖がりすぎたなと反省していたので訪ちゃんに同意するのは何だが気が引けた。


訪ちゃんは私に同意が得られないと知ると悲しそうな顔で


「はぁ、うちと足の痛みを共有してくれる友達はおらんのか・・・」


と首を横に振った。


私はそんな訪ちゃんをからかう意味を込めてさっきまで訪ちゃんに習って恐る恐る足を突き出して床板を確認しながら足をおろしていたのだが、今度は先輩のマネをして姿勢をシャンとして歩を進める。


姿勢をシャンとして恐れずに歩を進めのだから当然訪ちゃんは直ぐに置き去りにしてしまう。


「ちょっとぉ!待ってえやぁ!」


生まれたての子鹿のようにブルブルと震えて遅々と先に進まない訪ちゃんを見て私は


「全然大丈夫だよ~!」


と後ろを振り返りながら先輩が立つ小窓の方に足を向ける。


そんな私を見て訪ちゃんは悔しかったのか奮起して姿勢を整えると恐れずに足を踏み出して私の背中を追いだした。


「その調子だよ!」


そんな訪ちゃんを私は励ます。


何だ、何も怖くないじゃん。


確かに傾斜は割ときついけど床板は広いし角の部分を踏むことなんてなさそうだ。


ちょっと床が滑りそうなのが難点だがそこだけ注意しながら歩けば大丈夫。


先輩に促されたからだけど私は訪ちゃんよりもこの点では先を行っている言うなれば御橋廊下先輩なのだ。


私が訪ちゃんを勇気づけなきゃ。


そんな意味のわからない使命感を胸に再び後ろを振り返って訪ちゃんを確認する。


「訪ちゃん、こっちだよ。早くおいで。」


と歩きながら手招いた。


端から見たら異様な光景だけど今は私達以外に橋を渡ってくる人はいないので恥をかくことはなさそうだ。


そう思って再び前を振り返る。


訪ちゃんは私をゆっくりとしかしさっきより確実に早く歩きながら


「さぐみーん、もうちょっとゆっくり行ったほうがええで。」


と後ろから声をかけてくる。


訪ちゃんは今になって早く歩けるようになったからか悔しいのか私の足を遅くしようというのだろうか?


私はもうすぐ先輩のいる場所にたどり着くのだ。


私は振り返って「大丈夫だって。」と返す。


もう止まらない、恐れすぎて生まれたての赤子のようになるのはもうごめんなのだ。


私は風になる!


そう言って力いっぱい足を踏み込もうと足を上げる。


「せやけど流石に足元確認しなさすぎて多分やけど・・・あっ!」


後ろから訪ちゃんの声がかすかにそう聞こえたような気がした。


私はその瞬間、目の前が真っ白になり時間がとんでもなくスローに進み、足裏に床板の尖った縁の部分が食い込んだのが目に見えたような気がした。


「いたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!」


御橋廊下で馬鹿な女子高生の叫び声が和歌山城中に鳴り響いた瞬間だった。

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