百二十七の城

西の丸の鶴の渓から私達はすぐ近くの西の丸庭園に足を運ぶ、西の丸から切手門跡の石段を登って二の丸御殿跡に入る道もあるのだけど、私が和歌山城の西の丸と二の丸の内堀を跨ぐように作られた御廊下橋のことが気になっていたので西の丸庭園から御橋廊下を通って二の丸御殿跡に入ろうと言うことになった。


西の丸庭園は抹茶を飲むことが出来るお茶室も用意されているようで、侘び寂びを感じる簡素な藁葺の屋根の入り口を潜ると私達の目に庭園の大きな池と池上に作られた小さな庵が私達の目に飛び込んだ。


庭園の通路には人1人が乗ることが出来る石が通路上に並んで道を作っていた。


私達は石と石の間に躓かないように気をつけながら通路を歩く、庭園には様々な花や紅葉が庭園内を着飾っていた。


夏だから紅葉はまだ緑色だけど、11月後半になったら赤や黄色の紅葉がきっと訪れる人を楽しませるのだろう。


「西の丸庭園は徳川頼宣が隠居する際に造らせた西の丸御殿と一緒に小堀遠州に作庭させたという説と前藩主浅野氏に仕えていた縁を頼りに上田宗箇に作庭させたという説があるわ。」


「小堀遠州も上田宗箇も古田織部の弟子やろ、どっちの作庭でも似たような感じなんちゃうん?」


訪ちゃんは文化人にはあまり興味がなさそうな感じで言うが、あゆみ先輩は真剣に首を横に振った。


「小堀遠州と上田宗箇だと生まれた時期も違うし茶人や趣味人としてのスタンスが全く違うから同じ人を師に持っていても全然違うわ。それに上田宗箇は織田信長に仕えた事もある武人で、千利休にも師事したことがある上田流武家茶道の大家で、その動きは直線的で気品ある無駄のない動きが特徴よ。いっぽう小堀遠州は弓矢による働きよりも様々な城や御殿の修築などの作事奉行として働きが目立つ能吏で、その茶道はきれいさびと言って豊かな動きに優美さに繊細さを兼ね備えているのが特徴なの。当然武士としての働きが目立つ上田宗箇と、奉行として丁寧で繊細な仕事を要求される小堀遠州とじゃ造園の仕方も特徴も変わってくるのよ。」


「ふーん、そうなんや・・・まあよく分からへんけど、結局どっちが作ったんや?」



先輩は興味なさそうな訪ちゃんに熱心に説明するが、訪ちゃんはあんまり興味がなさそげで、どっちが作ったのかと言う答えが分かればよいようだった。


「訪は本当に戦国武将にしか興味が無いみたいね。2つも説があるのだから過去にタイムトラベルしなければ本当の答えはわからないけど、今は小堀遠州が有力よ。」


「上田宗箇とちゃうんや。なんか上田宗箇のほうがグワーッとした石とかジャキっと尖った石とか使いそうやん。ほらあのへんとかシャキシャキと豪快な石が置かれてるで。」


訪ちゃんはそう言って池に身を乗り出しそうな勢いで謎の擬音を発しながら池の周りの景観を整えるために置かれた石を指差す。


あまりの勢いで指差すものだから私は訪ちゃんの左手をパッと掴んで飛び出さないようにアシストした。


「もう、シャキとかジャキとかグワーとかよくわからないけど、和歌山城が庭園の整備をする時に調査した結果、小堀遠州が作庭した江戸城の池と類似点が多いことから遠州の作庭だと言うのが有力になったのよ。」


先輩は体いっぱいに指を指して私に体を支えてもらっている訪ちゃんの姿に溜息を付きながらそう教えてくれた。


「なーんや、うちも良くは知らんけど上田宗箇は石が尖ってるって聞いたことあったからそうかなって思ったんやけどな。」


「庭園っていうのは山水画を参考にして庭に再現したりすることが多いのよ。熊本県に東海道五十三次を再現した水前寺成趣園って言うとんでもない名勝もあるけど、大抵の山水画や水墨画は切り立った山に渓谷、滝、仙人、七福神、竹林七賢などが主でしょ。もちろん作庭家が自由に自己創作で作庭することも多いけど、名画を再現するためにはそれに似た石を配置して再現するのよ。」


「そうなんや・・・」


訪ちゃんは自分の予想が当たっていなかったことにちょっとガッカリしている風にしていたが直ぐに気を取り直すと


「ま、どっちゃでもええんやけどな。」


と言って手を後ろに組んで石の道をピョンピョンと跳ねて行った。


「もう!教えた意味がないじゃないの!」


先輩はうさぎみたいにピョンピョンピョンピョン石を跳ねる訪ちゃんの背中に向けて怒りの声を投げかけた。

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