百十九の城

不明門の食い違い虎口を抜けて再び私達は駐車場に戻る。


その後は駐車場から和歌山護国神社の側を抜けて追廻門の方面に向かった。


本丸の緑色片岩の桑山時代の石垣は緩やかな勾配だけど迫力がある石垣だ。


その石垣の石段を下って天守方面から砂の丸の方に下ってくる観光客の家族がいて、その中の小学校低学年くらいの男の子が家族に歴史の知識を披露していた。


私達3人はよほど天主に感銘を受けたのか早口で興奮して家族に説明する姿を見てホッコリする。


「あのねぇ、このお城に徳川吉宗が住んでてんで。そんでな江戸幕府に将軍がいなくなったから吉宗が呼ばれてん。」


げっ・・・私よりも詳しい・・・


少年はよっぽど歴史に関心があるのか私の知らないことを既に知識として持っていたのだ・・・


吉宗って和歌山の人だったんだ。


確か将軍なのに乱暴者だった人だよね。


私の吉宗に対する知識はそんな程度だった。


吉宗はご長寿時代劇『乱暴者将軍』の主人公で、傾いた幕府の財政を立て直すために心を鬼にして乱暴を働く将軍と言う設定で話題になり、自分の晩御飯のおかずが3品以上並べてあると家老を呼び出して扇子で何度も殴ったり、金糸を少しでも使った着物を着た武士を見つけると着物を無理矢理剥ぎ取って「この贅沢者!」となじる乱暴者を地で行く将軍のバイオレンスな時代劇で、私にとっての吉宗は江戸幕府の将軍というよりも乱暴者というイメージだった。


ところで吉宗役の松平元信は地方興行に出るとマツノブワルツと言うシットリとしたワルツを踊って大勢の地方のおばちゃん連中をうっとりとさせているらしい。


「吉宗って乱暴者将軍の吉宗だよね。」


私は側にいた訪ちゃんに聞くと訪ちゃんは流石に知っているみたいで


「そやで、うちは江戸時代にはそんな詳しくないから深くは知らんけど、質素倹約で有名やな。ホンマに乱暴者やったかどうかはうちは知らんで。」


訪ちゃんはそう言って二カッと笑った。


訪ちゃんは私が吉宗のことを乱暴者としてしか知らないことをすっかり見透かしているみたいだ。


「質素倹約、確かにドラマの吉宗は晩御飯のおかずの量が多かったり白ごはんに麦飯が混ざってないだけで家老を切腹にしようとしていたよね。」


私が吉宗の質素倹約について乱暴者基準で話をするとそれを聞いた先輩がプッと笑って


「流石に乱暴者のドラマみたいにそこまで横暴ではないけど、幕府の財政を立て直すために吉宗は相当の辣腕を振るったわ。でも、そんな優れた政治術を養ったのは紀州藩主時代に学んだ政治術だったのよ。」


あゆみ先輩はそう言って吉宗のことを家族に楽しそうに話す少年をほのぼのと眺める。


先輩もあの少年みたいに昔は家族に楽しそうに歴史のことを話する少女だったのかもしれない。


私は幼い先輩を想像するとついほんわかとしてしまった。


「吉宗は徳川光貞っていう徳川頼宣の嫡男の四男坊として誕生したの。光貞が五十七歳の頃の子供で随分と年の離れた親子だった事になるわね。幼い頃は相当な乱暴者で相当周囲に迷惑をかけていたみたいよ。だから吉宗が乱暴者だというのはほんの少しくらいは間違っていないわ。」


「じゃあ子供の時は乱暴者だったんですねぇ。」


そう言って乱暴者の鼻垂れ坊主の吉宗を頭の中で想像した。


私の頭の中の鼻垂れの乱暴者は乱暴者将軍がそのまま小さくなったような姿だった。


「乱暴者将軍みたいに質素倹約には相当厳しかったのも事実で、派手な着物を着たり、贅沢な食事を戒めたり、財政難の藩や幕府を前に自身の食事のおかずの品目すらも指定したりして対処したの。」


「じゃあ乱暴者将軍みたいにおかずの量が多かったら扇子で・・・」


乱暴者の創作も相当歴史上の吉宗を参考にして生まれていたのだ。


「扇子でポカポカと家老を殴って説教したかは分からないけど、大奥の人数を削減したり、私生活で不便になるのも顧みずに行った財政改革は江戸時代の模範になったのよ。その政治術は紀州藩の財政改革で行った取り組みを参考にしたのよ。和歌山城は吉宗の政治モデルだった。」


吉宗は少年時代から青年時代を和歌山で沢山勉強して育っていったのだ。


そしてその経験を江戸幕府の財政難に生かした将軍だった。


先輩が無知な私にも丁寧に教えてくれている横にさっきの家族の少年が先輩に走り寄ってきた。


少年にも私達の声が聞こえていたのだ。


少年の両親はびっくりして遠くで「コラ!こっちにきなさい!迷惑でしょ!」と手をメガホンにして叫んでいる。


少年は人懐こい顔をして


「お姉ちゃん吉宗博士だね!」


と満面の笑顔だった。


少年の言葉に先輩は一瞬驚いた顔をしたが直ぐに気を取り直すと胸を張って


「そうよ、私は吉宗博士なのよ。」


と言って戯けてみせる。


少年の目線で考えると謙虚に返答するよりもこう言う答えのほうが喜ばれるはずなのだ。


私だったら絶対に「そんな事無いよぅ」とか言ってしまって子供がつまらなさそうな顔をして話が終わってしまうところだ。


少年は先輩の答えに満足すると先輩に思いっきり手を振って家族のもとに帰っていったのだった。

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