百十七の城

あの後、先輩が猫科の敵清正が自分の部下を食い殺されたり食料を荒らされたことで虎を退治したと言う話を聞いてそれなら仕方がないと私は清正が猫科の敵では無いと一応の理解を示して話は解決した。


たずねちゃんは私の誤解が解けたことでホッと胸をなでおろしたようだった。


「城下さん猫科の動物が大好きなのね。」


先輩はうふふと笑う。


そりゃ私だって猫科の動物が全部イエネコのような動物ではないと分かっている。


だけどあの均整きんせいの取れた人に可愛がられるために生まれてきたかのような種族を見ると猫科の動物をいじめる人は許せないという頭になってしまうのだ。


私はもしかしたらこう言うところがお母さんに似てしまっているのかもしれない。


訪ちゃんはため息を付きながら


「お城と清正は切っても切れへん縁を持ってるからな・・・今後は注意せな。」


と小さく呟いた。


一方で先輩は先程の騒ぎをすっかり忘れてしまったように話を続ける。


「話がそれてしまったけど、とにかく藤堂高虎とうどうたかとら、加藤清正、黒田孝高くろだよしたか、この三人は築城ちくじょうの名人と呼ばれていて、関西の近世城郭ではよく名前が散見されるから覚えておいてね。」


先輩は指を立てて三人の名前を忘れないようにと私に諭すように言った。


私は先輩の何事もなかったかのような対応に、先程の自分の取り乱した姿を思い出して恥ずかしい気持ちになる。


「はい・・・」


私は力なく答えると自分の顔が真っ赤に腫れ上がったかのように赤くなっているのが鏡を見ていなくてもよく分かった。


私は訪ちゃんと先輩に本当に申し訳ないと思うのだった。


「ちなみにこの櫓台の下の不明門あかずのもんだけど、現在の駐車場のゲートの部分に置かれていたわ。見た目は高麗門こうらいもんよ。」


先輩はそう言って駐車場のゲートの部分を指差した。


「あかず門って言われるくらいやからける事は殆どなかったんやろうなあ。」


訪ちゃんもすっかり気を直して話に参加する。


さっきまでと打って変わってころりと気分を変えることが出来るのも訪ちゃんの良いところだ。


「めったに開くことがなかったみたいね。岡口門、不明門、追廻門は和歌山城の裏手に当たる門で、特に不明門は防犯上の都合で普段は閉じられていて、罪人の死体や屎尿しにょうを運び出す時だけ開く門だったとも言われていたわ。とにかくめったに門が開くことはなかったみたい。」


死体や屎尿・・・


日本人はけがれのあるものや不吉なものを嫌い排除する傾向にある。


そう言った穢を出す門としての役割を担ったのが不明門の役割だったのだ。


「三年坂通りも当時は木々などで薄暗い通りだったみたいで、雰囲気作りに役立ったみたいよ。」


現在はただの生活道路のなっている三年坂通りだが昔は薄らぐらい幽霊な出そうな雰囲気の通りだったのだ。


めったに開かない不明門が場内の穢を外に出すために門が開く、想像するだけでも不穏ふおんな空気になるだろう。


私は想像するだけでも寒気がしたような気がした。


私の体に悪寒が走る。


すると先輩が私の耳元にそっと顔を近づけると


「この不明門の周辺に出るらしいわよ?」


先輩は少し声のトーンを落として静かにつぶやく。


私は「えっ!」と周囲を見回した。


「さっきも言ったように不明門は罪人の死体を運び出す門よ。不明門は長年の穢を一身に受けてきた事で明治初頭に門が崩壊寸前で耐えられなくなるの。無念の死を遂げた死者の怨念が門を倒壊に追い込もうとしていると噂が流れたわ。」


先輩の恐ろしげな声に私は震えが止まらなくなってでも話を聞きたくないのに震えながらも耳を澄ましてしまっていた。


「ある時、陸軍の兵隊が警備の為に深夜に門の見回りを行っていたの。ところが次の日になると警備の兵隊は姿をすっかりと消してしまって二度と姿を表すことがなかったわ。そんな事が四人も続いたある日、遂に陸軍は不明門の穢を払うために住吉大社すみよしたいしゃから神主を呼んでおはらいをしてもらうの。それ以降神隠し事件はパタリと後を絶ったらしいわ。」


私はゴクリと生唾を飲んだ。


「ところが神隠しの事件は後を絶ったけど、今度は夜な夜な青白い顔をした軍服の兵隊が時々三年坂通りを深夜に警備するようになったらしいの。深夜の三時に青白い顔をした兵隊が不明門を警備しているのよ・・・」


先輩は脅かすような言い方は絶対にしない。


私の耳元で恐ろしい話を静かに淡々と語り、そして話を静かに終えるのだ。


逆にそれが私の恐怖を掻き立てた。


ゾワゾワと鳥肌が立つ


「それって毎夜・・・」


先輩は静かに神妙な顔で私にうなずいた。


私はその瞬間あまりの恐ろしさにペタリとその場に座り込んだ。


足腰に力が入らなくなったのだ。


「なあ、さっきの話、嘘やろ。」


訪ちゃんも怖かったのか恐る恐る先輩に聞いていた。


「よく分かったじゃない。さっきは城下さんに驚かされたから、今度は私が驚かそうと思って。」


先輩は悪戯いたずらっ子のように笑うと悪びれもなくそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る