百十六の城

私達は南の丸の仕切りの石垣を抜ける。


石垣を抜けた先は自動車の駐車場になっていた。


私達が歩いているだけで数台の自動車が出庫したり入庫したりをしていた。


「ここは曲輪全体が駐車場になっていて通行しにくいから見学しにくいのが残念ね。」


あゆみ先輩は私達の目の前を出庫していく自動車を見てそう言った。


「どこかにはこう言う施設は必要ですから仕方ないですね。」


私は残念そうにしている先輩を励ますようにそう言うと先輩も苦笑いする。


「そうなのよね。お城は観光地だから自動車の人もターゲットにしないといけないしね。だから車には注意してね。」


先輩は私達に注意を促すと駐車場の入出ゲートの方へ向かう。


ゲートの先にはものすごく高くて反りのキレイな石垣が聳えていた。


先輩はゲートの端の細い側道をするりと抜けると奥の石垣の角石の近くに立って私達にコッチコッチと手を振った。


先輩の手振りに訪ちゃんはパタパタと先輩に走り寄っていった。



私も後を追った。



「凄いなあこの反り、熊本城の武者返しみたいや。」


訪ちゃんは熊本城の石垣に例える。


「そうね、清正の石垣とそっくりよ。熊本城の武者返しの反りはもう少し反りが深いけど、この高石垣も本当に素晴らしいわ。南の丸の中門を守るために配置された松の丸の高石垣と並んで和歌山城の代表的な高石垣よ。」


先輩は誇らしげにそう言うと高石垣の上方を見上げる。


「この高さから鉄砲で撃たれたら一溜りもないわね。」


先輩は笑顔で恐ろしげなことを笑顔でいった。


「確かに・・・」


訪ちゃんは石垣の上で鉄砲を構える兵隊を想像したのだろうか目線が真剣だった。


「和歌山城の石垣は実はあの藤堂高虎が関わっているの。」


藤堂高虎?


先輩はまた聞き慣れない名前を口にする。


「藤堂高虎・・・なるほどな・・・」


先輩の出した藤堂さんの名前を聞いて訪ちゃんは立派な石垣の謎が氷解したかのように納得をしていた。


「藤堂高虎は沢山の主君を乗り換えた武士として有名だけど一番最初に才覚を見出して取り立ててくれた豊臣秀長の忠実な与力として和歌山城の普請奉行を努めたわ。徳川頼宣が駿河から紀伊に転封になってお城を改修する時に伊勢と伊賀二カ国を拝領して津藩の藩主となっていた藤堂高虎に和歌山城の普請奉行をしていた縁でアドバイスを求めるの。増設された石垣は高虎流の石垣として砂の丸で多く活用されたわ。」


藤堂高虎という人が初代和歌山城の監督をして3代目和歌山城のアドバイザーをしたのも藤堂さんだった。



「じゃあやっぱり築城名人の藤堂高虎がこの高石垣も。」


藤堂さんという人は築城の名人だったらしい。


訪ちゃんが嬉しそうに藤堂さんの名前を口にするのはよっぽどの有名人だからなのだろう。


訪ちゃんは藤堂さんが関わったかもしれない石垣かもとニヤリとして先輩の答えを待った。


だけど先輩は訪ちゃんの期待をスカすよに



「どうかしら?だってこの石垣は清正流よ。」


と言ってと悪戯っぽく笑った。


訪ちゃんは来たいと違う答えを聞いて


「清正かい!」


と突っ込む。


私はまた新しい名前が出てきて頭の中でわけがわからなくなっていた。


私が話についていけなさそうにしていると先輩は



「藤堂高虎と加藤清正は築城の名人として有名な武将なの。共に武人としても桃山時代から江戸時代初期に掛けて代表的な武将だから覚えておいて損はないわ。藤堂高虎、加藤清正の二人に黒田孝高を加えて築城の三大名人と言われているの。特に関西の近世城郭ではこの三人はよく名前を聞くことになると思うわ。」


「藤堂高虎、加藤清正、黒田孝高・・・」


全然歴史に詳しくない私は加藤清正しか名前を知らなかった。


加藤清正は戦国無双乱舞Ωx4でも槍で虎を口からお尻の穴まで一突きで刺し貫くと言う動物愛護協会から訴えられそうな衝撃的な登場シーンで主人公の総勢20人の主人公の1人として登場していたから知っていた。


清正の登場シーンを見て猫科の動物が大好きな私は清正を猫科の敵と認定して一度も使用することはなかったが、まさかこんな所で出会うことになるとは思いもしなかった。


「加藤清正ってあの・・・」


私がオドオドと聞くと


訪ちゃんは私の聞こうとしている内容を察知して


「そうやで、戦国無双乱舞Ωx4に登場した主人公の1人やで、虎を槍で一突きした登場シーンは格好良かったな!」


と清正の真似をして槍を一突きする仕草をした。


まさか猫の敵の清正を格好いいだなんて。


私は訪ちゃんの言葉が信じられなくてついきつい言葉で



「訪ちゃん!猫の敵なの!」


と迫ってしまっていた。


先輩も訪ちゃんも流石にドン引きしていた。


「うっ・・・うちは猫の味方やで・・・可愛い動物は全部大好きや・・・」


「じゃあ虎が可哀想じゃないの?」


流石に二人にドン引きされて少しだけ冷静さを取り戻して語尾を弱くしたが猫の敵か味方か、これだけはハッキリしておかなければならない。


私はこれだけは引く気はなかった。


「さぐみん、あれはゲームやで・・・本物やったら流石に可哀想過ぎて引いてしまうけど。でもあれは清正の強さを表すゲームの手法やからな。そ・・・それに虎は野生であったら危険な生物やねんで。逆にうちらは狩られるかも知れんねんで。」


訪ちゃんは私を宥めるように両手を抑えて抑えてと前に突き出した。



「うーん、訪ちゃんが猫の味方だということは分かった。だけど本物の清正はどうなのさ。」


私は少しだけ怒りをなだめて訪ちゃんは猫の敵ではないということだけは認める。


だけど清正が猫の敵認定ということだけは解けていない。


「あ・・・あれもゲームやからなあ。多分・・・ゲームやからやと思うで。製作者も猫好きの気持ちを考えて作らなあかんなあ。あはははは・・・」


訪ちゃんは曖昧だが清正が虎を一突きしたのはゲームだからだと言う。


私は訪ちゃんの言葉に怒りを収めようと思って溜息をつく。



すると訪ちゃんの言葉に今度は先輩が少し言葉を強くして


「訪、正確に教えなさい。確かに清正の虎を槍で退治したという話はゲームや創作の話よ。でも鉄砲で退治したと言う逸話は恐らく本当よ。」


訪ちゃんを嗜める。


私は先輩の言葉を聞いて


「もう!やっぱり清正は猫の敵じゃない!」


と再び怒りが蘇ってきた。


訪ちゃんは泣きそうになりながら


「さぐみんもあゆみ姉ももう勘弁してやぁ・・・うちは猫も犬もうさぎもペンギンもアルパカも大好きな普通の女子やねん・・・」


とうんざりとした声でガクリと項垂れてしまった。

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