七十四の城

徳川家康邸で本能寺の変について話をしていたあゆみ先輩とたずねちゃんのお陰でより歴史に対する知識が深まったような気がしていた。


「それにしても本能寺の変って沢山の異説が存在するんですね。」


私は二人が喧々諤々けんけんがくがくと語り合っているのがうらやましかった。


例え物別れに終わったとしても何かを真剣に話し合える人がいるっていうのは人の生涯では大切な宝物になるのではないかと思うのだ。


「そうね、たくさんあるわ。そして私と訪が恥ずかしい言い合いをしたみたいに沢山の異説の数だけ沢山の論説があるの。あれも証拠、これも証拠、みんな沢山の裏付けを用意して意見を戦わせるの。過去のことは相当な証拠と裏付け、一次資料、二次資料、三次資料との整合性があって初めて本当にあったこととして成立するから、本能寺の変みたいな謎が多い事件は歴史好事家の間では自分の知識を披露するのに格好の事件なのよ。」


先輩は本当に楽しそうだ。


訪ちゃんはさっきまで顔をふくれさせていたが先輩の楽しそうな顔を見て幾分か機嫌を治したようだった。


「歴史好事家って歴史学者はどうなんや?」


「私が知る範囲では本能寺の変の真相を探るっていうことについてはあまり盛んではないと言う話を聞いたことがあるわ。」


すると訪ちゃんは意外そうな顔をする。


確かに沢山の説があるのにあまり意見が盛んではないというのは意外な話だ。


「学者の間では本能寺の変が起こったことによって織田政権が終わりを告げ豊臣政権が起こった。そう言う歴史的な出来事が重要であって、本能寺の変の真相については新しい資料が発掘されない限りは興味がないみたいなの。」


「そうなんか・・・」


訪ちゃんはなんだか面白くなさそうな顔をする。


「当然よね。意見を戦わせたところで資料が不足していればいつまでも伸展性がないわ。それに本能寺の変で重要な事は明智光秀が天下を取れなかったことよりも、織田信長が討ち取られたこと、豊臣秀吉が天下に雄飛するきっかけになったことが最も重要なの。光秀がなぜ謀反を起こしたか、光秀が天下を取れなかった理由、それ自体は光秀が秀吉に敗北したことで理由は必要のないことなの。光秀の事を考えるととても悲しいことだけど、これが現実なのよ。」


先輩は安土城の天主の方向を仰ぎ見た。


先輩の目は悲しそうだった。


信長が天下を取れなかったからだろうか、それとも信長を倒した光秀が当然のように敗者として歴史から姿を消したことを悲しんでいるのだろうか。


「でも事実はどうあれ光秀が信長に謀反むほんを起こそうと思った。その決意は相当のものだったはずよ。光秀は相当の知恵者だった。だから事件を起こした後に勝ち負けを計算出来ないようなそんな人物ではないわ。一時は天下を手中に収めることが出来ても外には沢山の強敵がいる。むしろ遅かれ早かれ負ける可能性のほうが高いとを考えていたのではないかしら?それでも謀反を起こし天下に挑んだ。その決意が他者の介在によってなされたものだと私は絶対に思いたくないの。だから訪、ごめんね。強い口調で否定して。私もなんだかんだ言いながら理想主義者なのかも知れないわ。」


先輩の言葉はなんだか私に重く響く。


私も先輩みたいに深い知識と自信、そして過去の人物に対する優しさを持ちたいと思った。


訪ちゃんは先輩の言葉を聞くと


「ま、あゆみ姉は実は理想を追い求めるタイプなんは分かってるけどな。」


そう言って笑った。


確かに先輩はなんだかいつも冷静で、遠目にはクールなタイプに見えるけど話すととても情熱的に理想を語ることが多い、明石城の天守の事でもそうだ。


多分それは先輩の持つ優しさから発露するものだと私は思った。


「ありがとうね。歴史上の人物は口が聞けないから、その心や行動をおもんばかるしか無いわ。それに細川政元暗殺の永正えいしょう錯乱さくらんから始まる戦国時代だからこそ、やっぱり下剋上げこくじょうで締めくくってほしいわよね。これも私の理想なんだけど。ふふっ・・・」


先輩は子供のようにはにかんだ。

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