七十五の城

私達は存分に本能寺の変について話し合ったあと引き続き高い石段を一段一段ゆっくりと登っていた。


「はぁ・・・はぁ・・・この石段・・・一段一段石が凄く高くないですか?」


私がたまりかねて言うとたずねちゃんも同じ気持ちだったのか汗まみれの顔でうなずいて


「前来た時よりも高く感じるわ。いくら安土城と言えどお城やから防衛の事を考えて石段を一つ一つ高く作ってるけど、やっぱり山城は攻めにくいわ。」


そう言って小休止で足を止めると麓で買ったコーラを一口口に含んだ。


「あっ、訪ちゃんいつの間にか保冷ほれいカバーに入れてる!」


意外にも訪ちゃんが用意周到しゅうとうに保冷カバーを用意していたことを知って私は驚きを隠さなかった。


「へへん、うちだって暑さ対策グッズを用意してたんや。」


私の驚きの声を聞いて訪ちゃんは自慢気に鼻先を指でこする。


残念ながら私は用意していなかっただけに悔しかった。


「あなたが何もしようとしないから私が昨日口酸っぱく言って無理矢理リュックに入れさせたんでしょ。」


自信満々そうにする訪ちゃんを見てあゆみ先輩が種明かしをした。


「言うたらあかんやろ。うちもたまにはちゃんとしてるってことを自慢したいのに。」


訪ちゃんは先輩に抗議する。


私は先輩の種明かしに悔しさがなんだか薄まっていた。


「城下さん、夏の山城の登城は結構大変だから次はちゃんと暑さ対策グッズは準備するのよ。」


先輩はそう言ってリュックを探ると黒く小さな袋を私に手渡してくれた。


「まだ飲み物が冷たかったら良いんだけど。」


そう言って手渡してくれた小さな袋はペットボトル保冷カバーだった。


「あゆみ先輩、良いんですか?」


「良いわよ。私も持っているから。」


そう言って先輩はそう言って保冷カバーに入ったスポーツウォーターを私に見せてくれた。


「必ず返します。」


そう言って私は保冷カバーを受け取ると私は大切な宝物を扱うように丁寧に袋を開くと、私はさっきお土産物屋さんで買ったお茶を袋にしまう。


幸いお茶は外気との温度差で生じる水滴をまとっていたがまだ冷たかった。


恐らくこの冷たさは保冷カバーのお陰でしばらくは保つことが出来るだろう。


「助かります。」


私は先輩にお礼を言うと保冷カバーに入れたお茶を口に含む。


冷たいお茶で私の体は生き返るような気持ちになる。


しかも保冷カバーに入れたばっかりにも関わらず何故かいつもよりもお茶がとても美味しいと感じた。


「生き返る・・・」


私は喉を通る冷たいお茶が私の体の体温を少し下げるのを感じ取る。


熱気で熱くなった体がよみがえったような気がしていた。


「山城は一段一段が登りにくく作られてるから防御には適してるけど居住にはほんま不向きなんよな。」


訪ちゃんは少し疲れた感じでそう言った。


「安土城って下から眺めたら直線上の階段が直ぐに天守に続いてそうな気がして守りに不利そうやけど、後ろを見るとほんの十五分程度階段を登っただけで結構高いところまで登ってるねん。」


訪ちゃんはそう言って後ろを振り向いた。


私も同じように振り向くと開けた風景から広がる田んぼや小さな町が見えた。


東京や大阪には絶対にない風景だ。


昔言った静岡のおじいちゃんの家の近くの風景ともまた違うような気がする。


そんな事を考えていると少し強い風が吹いて私の体の熱気を冷ましてくれた。


「さっき吹いた冷感スプレーの効果でなんか無茶苦茶涼しくなったわ。」


訪ちゃんはそう言って笑った。


「訪は吹き過ぎよ。」


先輩が訪ちゃんをたしなめる。


そんな二人を見ておかしくなって声に出して笑った。


「笑われてもたわ。まあ安土城って登るのにそんなに時間の掛かる城じゃないけど。結構高い位置にあるねん。いくら大手道が直線に作られて防御に不利な作りでも、これだけ石段が高くて、戦国時代みたいな鉄砲が主流な時代やったらむしろ有利に戦えるんちゃうかと思うけどどうなん。」


訪ちゃんの疑問に先輩は少し考える。


「敵の攻撃が直線だと防御を一点に集中出来るのが良いところよね。弱点は敵の勢いあると直線のほうが攻撃する方も一点に力が集中しやすい分状況によっては不利よね。でも信長も天主まで大手道を直通させているわけじゃないから、やっぱりこの大手道は天主への視線誘導のために拘って作ったんじゃないかなあと思うの。」


「視線誘導かぁ、常に天主に目が行くように作ったんやなぁ。」


訪ちゃんが再び天主の方向に振り返る。


「でももし仮に信長生存時に安土城が攻められたとして、この防御に不利な大手道で敵を完全に粉砕しようと考えていたとしたら信長らしい考え方だなあと思うの。」


あゆみ先輩はふもとを見降ろして言った。


「なんでや?」


訪ちゃんは不思議そうに聞いた。


「あなたがさっき答えを言っていたじゃない。鉄砲だと有利そうだと。仮に信長が有事の際の防御もしっかりと考えて大手道を直線に作ったのなら、信長は鉄砲が有利そうだと曖昧あいまいには考えていなかった。鉄砲がこの直線状の石段で絶大な威力を発揮すると信じていたのではないかしら。」


先輩はそう言ってバンと鉄砲を撃つ真似をした。


「たしかに信長らしい!」


そう言って訪ちゃんは手を打った。


「信長は沢山の鉄砲、火薬の原料となる硝石、玉の原料になる鉛を大量に用意できる経済力を保有していた。もしもとんでもなく大量の鉄砲を導入して安土城を防衛したら勢いのある敵の足を止めるだけでなく相当な損害を与えることが出来たんじゃないかと思うわ。そんな事ができる経済力を保有している大名は当時は信長くらいしかいなかったから、信長だからこそ自信を持ってこの大手道を作ってみせたのではないかと思うのよ。」


先輩の言葉に訪ちゃんはうなずいて


「すごいな」


と感心した。


「もしも私の仮説があたっているとしたら、本当にすごいわ。」


先輩も感心している訪ちゃんと一緒に頷いた。


私はお城については二人に断然劣る知識しかないけど、この大手道に大勢の鉄砲隊が立ちはだかる姿を想像して『ゴクリ』と息を飲む。


平和な安土城に鬨の声が挙がったような気がした。

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