六十九の城

安土城中に私の怒声が響き渡ると通りすがりの観光客が私の顔を見てクスクスと笑う。


二度と会うことはない人達だとは言えとんでもなく恥ずかしくて顔が赤くなってしまった。


「ああ・・・ごめんごめん。まさかそこまで声を上げるほどやとは思ってなかってん。」


たずねちゃんはそう言って頭を下げて謝ってくれたが顔はニヤニヤと笑っていた。


「顔笑ってる!」


私は顔をプクーッとふくらませる


いくら冗談でも私は蛇のこととなるとどうしても嫌で仕方ないのだ。


蛇が大嫌いだということをしっかりと理解してもらうためにも今回は訪ちゃんの愛嬌あいきょうに負けるわけにはいかない。


虎口こぐち先輩も私が訪ちゃんに怒ったのを見るとワタワタとして訪ちゃんに


「訪、ちゃんと謝りなさい。冗談でも人が嫌がることをしちゃだめよ。」


たしなめてくれた。


膨らませた顔をプイと背けると訪ちゃんは意外にも私が顔を背けて怒ったのがショックだったのかシュンとして


「ごめん・・・ほんまに蛇のこと大嫌いやねんな。うち、さぐみんがそんなにショック受けるとは思ってなくって、でもマムシくらいでさぐみんがお城に登城とじょうしたくなくなったら嫌やん。だからうちは冗談でも楽しくしようと思って度を越したことをしてしまってん・・・」


そう言って悲しそうな顔をして項垂れてしまった。


そんな訪ちゃんを見て段々と私も怒りすぎたと反省して。


「そうなんだ。もう良いよ。私も蛇が嫌いで本当に登城するのを辞めようかと思ったくらいにマムシのことを聞いてショックだったけど、訪ちゃんはそんな私に蛇くらい怖くないって思わせようとして冗談を言ってくれたんだね。」


私はそう言ってポンポンと訪ちゃんの頭を軽く叩いて訪ちゃんを許してあげた。


訪ちゃんは上目遣うわめづかいでウルウルした瞳で私を見つめる。


私はそんな訪ちゃんが可愛くって胸からキュンという音が聞こえたかと思ったくらいだ。


「冗談、言うてもええん?」


訪ちゃんが私に確認をする。



「良いよ。」


私はつい許してしまう。



「ほんまに?」


訪ちゃんは再度確認をする。


「ほんま・・・」


私は嫌に入念だなと思ってハッとした。


「あっ、訪ちゃんやっぱり・・・」


私が言うよりも訪ちゃんは素早く私に駆け寄って来ると私に抱きついて


「やったーありがとう!」


訪ちゃんは無邪気むじゃきに感謝の意を伝えると私はさっき言おうとしたことがどうでも良くなった。


私はしばし訪ちゃんと邂逅かいこうをしていると


「城下さん!油断しちゃダメよ!」


先輩が私に向かって声を掛ける。


私がハッとして私にしがみついた訪ちゃんの顔を見ると訪ちゃんの目がキラリと一瞬光ったような気がして、私の足元に何かがサワサワと長いものが触れた。


「ぎゃーーーーー!」


私の足に触れたものは訪ちゃんがいつの間にか手に持っていた長い雑草だった・・・


驚いた私を見て訪ちゃんがお腹を抱えて笑う。


そんな訪ちゃんを見て先輩が


「たずね・・・」


と恐ろしいまでの怒気を体中に纏わせながら一歩ずつゆっくりと訪ちゃんに近づく。


あまりにも強い怒気に恐れをなした訪ちゃんはさっきまで楽しそうに笑っていた態度とは裏腹に先輩の持つ怒りの雰囲気に気押されて一歩ずつ後退りしていった。


「まあまあ、落ち着こうや・・・ホンマに冗談やから・・・ほら、うちは蛇なんか怖くない、冗談で吹き飛ばそうとやな、さぐみんを励ます意味を込めてやな・・・」


と言い訳をするが先輩の耳にはそんな言い訳は一切届いていなかった。


赤色の怒りのオーラを纏った先輩が訪ちゃんの肩を捕まえると訪ちゃんはまな板の上の鯉のようになって少しも動かなくなって、言い訳も全くしなくなった。


そんな訪ちゃんをズルズルと引っ張って人気のないところに連れて行く。


「ぎゃーーーーー!」


今度は訪ちゃんの叫びが安土城の青い空に木霊こだました・・・

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