六十八の城

安土城の登城口前には安土城の登城道である大手道おおてみちを守るための低い石垣が配置されていた。


「この石垣を見て、大阪城の石垣とか明石城の石垣と違って石の形そのままで積み上げられているでしょ?これが野面積のづらづみよ。」


自然のままで積まれている石垣を野面積みと言うらしく、虎口こぐち先輩は大手道の前方に配置された石塁せきるいの事を教えてくれた。


角石かどいしは流石に加工してるものもあるけどな。」


たずねちゃんの言う通り一部には加工されたものもあるようであまりにも石積みに適さなかったりするものは加工されたのかも知れないと思わせた。


「本当ですね。」


「角石とかはどうしてもね。」


先輩はそう言ってはにかんだ。


「大坂城でもそうだけど中々一つの石積みだけで完結させることは難しいみたいで、例えば大阪城は目立つ部分には切り込みぎを使って目立たないお堀の石は打ち込みぎを採用しているわ。安土城は野面積みの石垣だけど、角石の部分は切って加工しているものもあるの。」


私は大阪城の石垣を思い浮かべる。


門等に使われた石はかなりきっちりと綺麗に加工されている印象があったが確かにお堀の角石以外の部分は加工が少し甘かったような気がしてきた。


あれは打ち込み接ぎだったのか。


大阪城は大きな石をそこかしこに使っているのでそこまで目が行かないのだ。


「思い出してみると打ち込み接ぎかどうかはわかりませんが確かに加工が甘かったような気がしますね。」


すると先輩は


「石垣もしっかり見るようになったのね。さすがね。」


と私の事を褒めてくれた。


私はほおが赤くなって照れてしまった。


「ホンマさすがやな。」


訪ちゃんも茶化すように褒めてくれる。


私はなんだか鼻が高くなってフフンと鼻息を荒くして


「そうでしょうとも!」


と声を高くして腰に手を当ててピースした。


そんな私の姿を見て訪ちゃんは


「すぐに調子のるな・・・」


と笑ってくれた。


私達が石垣の前ではしゃいでいる中、先輩は長くて高い大手道の先を見つめていた。


「あの先に信長の天主があったのよ。信長は大手道の長い石段を上手く使って効果的に天主に目が行くように視線誘導しせんゆうどうを行っていたわ。安土城を訪れる者はその壮麗そうれいな姿に畏怖いふを感じたわ。山城は防御には適しているけど政庁としての役割や邸宅としての役割としては大きく劣るわ。それでも信長が山城に拘ったのはそう言った威圧的な視覚効果を狙ったのと傾奇者かぶきものとしての矜持きょうじだと私は思っているわ。」


先輩はそう言って目を瞑る。


先輩は今はない山の上の天主を想像して当時に思いを馳せているのだ。


私も訪ちゃんも先輩のマネをして目を瞑る。


私はさっきのお土産物屋さんで見たポスターのCGを想像する。


確かに格好いいかも知れない。


先輩は信長は傾奇者だと言っていたが傾奇者ってあの派手な格好で顔に化粧して手を前に突き出して「よーっ!」ってやるあれだよね・・・


「安土城が見えてきたかも知れん・・・」


訪ちゃんは先輩のマネをして同じように天主が山の上に浮かんできたらしい。


「よかったわ。」


先輩はポンポンと訪ちゃんの頭を軽く叩くと訪ちゃんは嬉しそうに笑った。


「へへ・・・」


私は訪ちゃんの顔を見て少し羨ましいと思った。


先輩と訪ちゃんのスキンシップは正に姉妹のそれだったからだ。


それに二人は同じような想像を共有できるのに私は知識がないから二人と同じように想像を共有できないことも私にはもどかしかった。


そんな私の心を読んだかのように先輩は


「城下さん、急がなくてもいいのよ。楽しむことのほうが重要だから・・・」


先輩の優しい言葉に私はなんだかホッとすると


「はい」


と頷いた。


「じゃあ信長の城を楽しみましょう。」


そう言って天にまで続きそうな大手道を指差した。


「あれ登るん大変やねん・・・」


訪ちゃんはさっきとは打って変わって項垂うなだれる。


「一段一段が高いから注意するのよ。」


先輩が注意喚起ちゅういかんきすると訪ちゃんは更に深く項垂れて


「想像するだけで疲れてきたわ・・・」


と力なく言った。


私はいつも元気な訪ちゃんが深く項垂れるほどの大手道の石段を想像してより石段の一段一段が高く感じた。


「訪ちゃん怖いよ・・・」


私が訪ちゃんに抗議こうぎすると訪ちゃんは怖がっている私を見て嬉しくなったのか余計に


「石段だけじゃないで、マムシかっておるんやからな。」


おどしてきた。


マムシって・・・毒蛇の?


私はマムシがいる石段を想像すると少しずつ恐怖が募ってきて大分遅れて


「ぎゃーー!」


と声を上げて腰を抜かしてワナワナとふるえた。


私は死ぬほど蛇が嫌いなのだ。


画像や映像でも見たくないレベルだ。


訪ちゃんは腰を抜かした私を見て声を出して笑って私を支えると


「ウソウソ!嘘やっておるけどおらんって!」


意味のわからない言葉で嘘だと訴えた。


「おるけどおらんってどっちなの!」


「おるけどおらんって・・・うーん」


私の口調の強い反問に訪ちゃんは腕を組んで悩んでしまうと先輩が見かねて。


「草深い日本の山には必ずマムシは居るわ。でもお城の区画は観光客が多くてマムシも怖がって近づかないのよ。お城の登城路でマムシと鉢合はちあわせなんてほとんど無いことよ。可能性が0だと言ってしまうと嘘だから言えないけどね。」


可能性は0じゃないか・・・


私は低い可能性にかけてお城に登城するしか無いのか・・・


私が先輩の言葉に何とか気力を取り戻して立ち上がろうとすると急に訪ちゃんが遠くに見える茶色くて長いものを指差して


「あっ!マムシや!」


と大きな声で指差した。


「ぎゃーーーーーー!」


あまりの恐怖に訪ちゃんにしがみつく、すると訪ちゃんは面白がって


「あっ、木の枝やったわ。」


と私をからかった。


「もおおおおおお!」


私は意外と観光客の多い登城口で牛のような怒声が安土城に響き渡るのだった。

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