六十二の城

天護あまもり先生が機嫌を直して私達はホッとしていた。


大阪城のかく曲輪くるわに今度遊びに行こうと約束した事で私達はとても充実した一日を送ったような気がしていた。


「まあ、色々お城を楽しんだんでしょ?あゆみがいればお城の知識もある程度付いたと思うし。そろそろ今日の締めに向かいましょ。」


先生はさっきまでねた態度だったのに今はすっかりいつもの雰囲気に戻っていた。


「今日の締めってなんや?」


たずねちゃんが先生に聞くと先生はニッと笑う。


「ここは明石よ。最後に明石の特別な史跡に向かいましょ。」


先生は最後に私達を連れていきたい場所があるみたいだった。


「特別な史跡ってなんなん?」


訪ちゃんは気になって再び聞いてみたが先生はあしらうように


「あんたは良いから黙ってついきなさい。」


そう言って先頭を切って歩いていた。


「良いところに連れて行ってくれるみたいよ。今は黙って付いていきましょう。」


虎口こぐち先輩はニコニコと先生の背中を目で追いながら私達に何も言わずに付いて行くように促してくれた。


私は訪ちゃんと目を合わせると二人で頷き合って先生の背中を追いかけていた。





私達は先生の背中を追いかけると明石駅のエントランスホールに辿り着いていた。


「先生ここって駅・・・ですよね・・・」


私は不思議に思って聞いていた。


先生は私の言葉が聞こえていないのか私達が明石にきた時に乗ったJRの駅の改札とは逆方向の改札に向かっていた。


「先生、そこって山陽さんよう電車やん。行きはJR帰りは山陽ってうちら乗り鉄じゃないで。帰りも遅くなるし・・・」


訪ちゃんのその言葉も気にも止めないで券売機で切符を買っていた。


「ほら、行くわよ。」


先生は券売機で買った切符を私達に配ると改札を潜っていた。


先輩も先生を追って改札を通り抜ける。



「先生これって、一区間分・・・」


私は改札越しに声をかけたが


「さっさと付いてきなさい。電車に乗り遅れるわよ。」


と私達を急かす。


訪ちゃんは不思議な顔をしながらも改札を通り抜け、私もそれに続いた。


しばらくすると赤いラインの電車が到着して先生は何も言わずに乗り込んだ。


遅れるわけにはいかないので私も訪ちゃんもその頃には迷わずに電車に乗り込んでいた。


天気が良いので少し暑かったが電車内は冷房がきいていて涼しい。


だけどその涼しい気分は10分も味わえなかった。


先生が次の人丸前ひとまるまえと言う駅で降りてしまったからだ。


人丸前の駅のホームに降り立つと先生はホームの西端に移動し始めるとタイルで敷かれたラインの上に立って指で指す。


そこには日本標準子午線にほんひょうじゅんしごせんと書かれていた。


これが噂の・・・


すると訪ちゃんは


「あっ、子午線・・・そっか散々あゆみ姉が言ってたのに全然頭に思い浮かんでなかったわ。」


訪ちゃんはそう言って先輩の顔を見た。


先輩はニコニコと微笑んでいた。


「これが噂の日本標準子午線よ。お城とは全く関係ないんだけどね。明石に来たら折角だし見せときたくってね。あの後、剛の池に行くことも考えたけど時間を考えるとやはりこっちに行く方を優先したかったの。」


先生はそう言って子午線の先を見る。


視線の先には時計台が建っていた。


時間は15時、私達は気づかない間にお城を満喫まんきつしていたんだ。


大阪に帰る時間を考えると、あと一つ史跡を巡るくらいで丁度いい時間だったんだね。


「じゃああんた達、子午線を見たわね。ちょっと時間がないから少しだけ急いであの時計台に向かうわよ。」


先生はそう言って少し急ぎがちでホームの階段に向かった。


私と訪ちゃんももう異論を挟まずに先生の後を追った。


人丸前駅から歩いて10分程度坂道を登ると時計台は長寿院ちょうじゅいんというお寺の横に建っていた。


長寿院には小笠原さんが小倉に転封した後の藩主松平家の累代の菩提寺ぼだいじらしい。


これも先生は見せたかったのかも知れないが、先生は少し説明するとさっさと時計台の建物に入っていった。


建物は明石天文科学館と言う建物で、少し水分が欲しくて自動販売機でペットボトルのお茶を買っている間に先生が既に入館のチケットを買ってくれたのか私達に配ってくれた。


「良かった。間に合ったわ。でも10分待ちだからギリギリよ。席を取るためにすぐに入るわよ。」


「先生ありがとうございます。結構ギリギリみたいですね。」


先輩はどこに行って何をするのかを分かっているのか先生と二人で時間のことを気にしていた。


「あんたらチケットは持ったわね。」


そう言って先生が私達に確認する。


私は改めてチケットを見るとそこにはプラネタリウムと書いていた。


「あっ、そっか、天文ってそう言う事・・・」


私はプラネタリウムという文字を見た瞬間、私の目は少しキラキラしていたと思う。


「時間がないってこれの事か・・・」


訪ちゃんも瞬間驚いた後なんだか嬉しそうにしていた。


「なんかプラネタリウムが見れると思ったら物凄く楽しみやわ。」


そう言って少しほおを赤くして物凄く期待した様子だった。


「喜んで貰えてよかったわ。15時半からスタートよ。」


先生は焦った様子だった。


訪ちゃんはおもむろにスマホの時計を見ると丁度時間は15時22分に変わったばかりだった。


時計を見ると訪ちゃんは今まで見たこと無いくらいに目を見開いて


「えっ!あとちょっとで始まるやん!急いで席とらな!」


小さなサイドテールをプルプルと震わせてアワアワとあわてだした。


先生は時計を見て慌てる訪ちゃんの様子に


「だからさっきからそう言ってるでしょ・・・」


腰に手を当てて呆れ顔で苦笑いした。

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