六十一の城

明石城の天守の話で天護あまもり先生がねてプイッとそっぽ向いてしまってたずねちゃんは頭をむしって


「もう!面倒くさいなあ!」


と困ってしまった。


先生も少し先生らしい事をしようとしてのことだったから二人が小さな事でぶつかりあって不機嫌になるのは嫌だと私は思った。


先生は拗ねるとロボットのように定期的にフリスケのチョコミント味を取り出してパクパクと口に放り込んでいた。


『このままだと先生がチョコミントのフリスケで窒息してしまう・・・』


私は何故か口の中がいっぱいのチョコミントで埋まってしまう先生の顔を想像してしまった。


「困ったわねえ。訪は少し口調がきつかったわ。もう少し言い方もあったでしょうに・・・」


虎口こぐち先輩はそう言って頬に手を当てて拗ねた先生をどうしたら良いものか考えこんでしまう。


確かにこのままだと口から大量のミントの匂いを放出する歩く芳香剤になってしまうかも知れない・・・


そう言えば先生は先生らしく教えてくれようとして拗ねちゃったんだから私が分からないことを質問すれば良いのでは・・・


「先生、そう言えばさっき私には分からない用語が出てきたんですが聞いても良いですか?」


私が先生に問いかけると先生は少し明るい顔になってフリスケを定期的に口に放りこむのを辞めた。


「にゃんにょことふぁききふぁいの?」


先生の口にはまだ溶け切っていないフリスケが大量に残っていて何を言っているのかわからない。


前ほどじゃないけどもう少しでリスみたいに頬がフリスケ袋みたいになる所だった・・・危ない・・・


「先生、口の中のフリスケを食べてしまいましょう。」


先輩は先生の口の中のフリスケを処理するように指摘すると先生はボリボリと大量のフリスケを急いで処理しだした。


稲荷曲輪にボリボリと大きな音が響き渡る。


先生は大量のフリスケを噛み砕くとゴックンと飲み込んだ。


「さて、何が聞きたいのかしら?」


そう言ってキリッとした顔になるといつもの先生の調子に戻っていた。


急にキリッと元の先生に戻ったので私は一瞬なんのことか忘れてしまっていたが先生が質問を待ち望む顔をしているので


「えっ、ああ・・・」


と少し考えてから手をポンと打って


「そう言えばこの稲荷曲輪なんですけど隠し曲輪の側面があると先輩が言っていたんですが、隠し曲輪ってなんですか?」


これは私が本当にわからないことだった。


隠し曲輪って言うことは隠しているということだよね。


すると先生はああそんな事と言った顔になって


「隠し曲輪ってのは読んで字の如しよ。隠している曲輪のこと。さぐみは初めて明石城を見た時に稲荷曲輪のことを視認できた?」


先生に聞かれて私は頭の中で必死に初めて駅で明石城を見た時の記憶を呼び起こしていた。


訪ちゃんは駅で撮ったスマホの写真を私に見せてくれた。


「木で隠れて全然見えへんわ。」


明石城の全景を駅で見た時でも稲荷曲輪は見えなかった。


私達は巽櫓と坤櫓に目を奪われていただけでなく外堀の木とお城の内部の木で見えなくなった稲荷曲輪を完全に視認することが出来なかったのだ。


「まあ、その写真みたいに当時は木で隠れていたわけじゃないと思うけど、明石城は坤櫓と巽櫓の三重の櫓に視線が行くように作られているわ。木がなくてもそれほど目立つ位置にあるわけではない稲荷曲輪は視覚的に隠れてしまうのよ。」


そう言って先生は嬉しそうに教鞭のように人差し指を立てて説明してくれた。


フリスケを噛み砕いて歯にフリスケの茶色いチョコミントの食べカスがなければ正に先生の面目躍如だっただろう。


でも機嫌が治ってよかった・・・


「どうしても目立つ場所に視線が行くのは人間の心理だからね。この場合坤櫓と巽櫓、二の丸櫓門に目が行ってしまうわ。それに稲荷曲輪に侵入するには北の搦手から侵入するか、迷路みたいな大名屋敷を抜けて侵入するか、三の丸の中段から巽櫓と坤櫓の鉄砲の雨を越えて、細い通路を抜けるかしか手段がないわ。だからお城側は稲荷曲輪に部隊を揃えて攻撃が集中しやすい二の丸櫓門に集まった軍勢を東の丸と稲荷曲輪から挟み撃ちにするのよ。」


挟み撃ち、ここでも挟み撃ちが出てきた。


二の丸が制圧されても東の丸と本丸で挟み撃ちできるように作られていた。


武蔵は二刀流だから挟み撃ちが好きだったのかな?


どちらにしても二の丸櫓門に攻撃が集中する事を想定して明石城は作られてたのだ。


「城下さん、実は大阪城の山里丸枡形やまざとまるますがたにも隠し曲輪があるのよ。」


先生が思う存分説明した後、先輩がそっと教えてくれた。


「あれ、あんなところに隠し曲輪ってあったっけ?」


大阪城には特に詳しい訪ちゃんが意外にも驚いていた。


それくらい目立たない場所なんだと思う。


「訪が知らないなんて珍しいわね。確かにあそこは出入り口が小さいから、気づく人が殆どいないのよ。大阪城に登城した人は殆ど気づかずに素通りしてしまうわ。」


先輩はそう言って残念そうに首を横に振った。


「そうなんや、全然気づいてなかったわ。さぐみん今度一緒に行こうな。」


訪ちゃんが元気よく私を誘ってくれると私も嬉しくなって


「うん!」


と自然と首を縦に振っていた。

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