五十三の城

虎口こぐち先輩の暴走をなんとかなだめた訪ちゃんは大きく横道にそれた話をなんとか真っ直ぐに整地してくれた。


先輩は少し不満そうだったけど訪ちゃんの言い分を理解したのか不機嫌な状態だけはなんとか治めてくれた。


さすがの先輩も人間なのかやっぱり好きすぎるものには夢中になりすぎて周りが見えなくなってしまうんだな。


人には弱点があるものだが先輩にもそう言うものがあったということを知れた事でより親近感が増したというものだった。


「じゃあ、仕方が無いから大きくはぶくことになるのだけれど・・・足利義教あしかがよしのりって言う室町幕府第六代将軍がいたの。第四代将軍足利義持よしもち隠居いんきょして第五代将軍足利義量よしかずが将軍を次ぐのだけれど義持が隠居してしばらくして父親より早くに亡くなってしまうのだけど、義量が亡くなったあと政務はしばらく義持が代行という形を取るの。」


隠居した父親の跡をついだのに父親より早くに亡くなる現代でもあることだけど、お父さんとしてはとても悲しかっただろうなぁ・・・


私は何故か義持さんの気持ちになってしまう。


「義持は隠居だから政務は慣れたもので無事収まっていたんだけれど後継者が父親よりも先に亡くなってしまっていたから後継者問題に悩まされるのよ。そして義持は何故か後継者を決めずに管領かんれいと言う分かりやすく言えば副社長の畠山満家はたけやまみついえに丸投げして亡くなってしまうの。満家も幕府の幹部もこの事態に大慌おおあわて、どうして良いのか分からず当時准三后じゅんさんぐうと言う皇后の次に権威ある地位にいた満済まんさいと言う高僧に泣き付くの。」


昔の武士は『後継者がいないなら俺がなってやろう』みたいな権勢欲けんせいよくの高い人が多いと思っていたけど、どうして良いか分からずオロオロして純朴じゅんぼくな感じを想像すると、とても偉い人なのに満家さんが可愛く思える。


地位が高い人だとは言えお坊さんに泣きついて最終手段を委ねるのは情けなくもあるけど戦国時代ほどの殺伐さつばつとしたものはあまり感じれなかった。


「満済は後継者候補が三人いる事を満家に確認してじゃあ籤引くじびきで決めたら良いじゃないかと提案するのよ。」


「クジ?あの困った時の運頼みのくじ引きですか?将軍って当たりくじみたいなもので決まるんですか?」


私が驚くと先輩はうふふと笑って首を縦に振った。


たずねちゃんも流石に


「クジで決まった将軍に政務取らせるのは流石に嫌やなあ・・・」


と呆れ顔だ。


とは言え重要な歴史の一場面でこれが行われたのだから大変だなあ。


「普通はみんなクジって聞いたら驚いたり笑ったりするわ。私もあまり詳しくなかった時はそう思ったものよ。だけど今は手軽に簡単に行われる籤引きだけど、昔は神の意思におうかがいを立てる神聖な儀式で、現代のようにそう簡単に籤を引いて物事を運にゆだねるようなものではなかったのよ。」


先輩は真面目な顔でそう教えてくれた。


神の意志にお伺いを立てる儀式・・・現代は便利だからなんでもあるから神様の意思も手軽になってしまったのかな?


とにかく満家さん達は真剣だったのだということは先輩の説明で伝わってはきた。


「その籤で決まった将軍が足利義教、第六代将軍よ。彼は知力旺盛ちりょくおうせい迅速果断じんそくかだん、曲がったことは大嫌いで裁判や政治にも積極的に参加していったわ。普通ならこんな人はとても優秀で誰にでも敬われるわ。でも義教にはこのとても優れた才能の影に逆らうものは絶対に許さないというとても強い意思を持っていたの。」


逆らうものは絶対に許さない・・・


それはとても怖い性格であり、一歩間違えば人を破滅させる。


義教さんはそんな弱点をもっていたのか・・・


「なんか信長にかぶるな。」


何気なく言った言葉に先輩は頷いた。


「そう、彼は信長よりも早く生まれた最も信長に近い性格を持った天才型の人間だったのよ。当時将軍家はとても権力が弱くなっていたのだけれど、室町幕府は足利尊氏あしかがたかうじが幕府を開府した当時から功績の大きい有力な武士に沢山の領地を与えると言う政策を行っていたの。これには当時の時代背景があるのだけれど、これを話すると訪が話が長いって言うから今回は割愛するわ。」


先輩は訪ちゃんにちょっとねた感じでそう言った。


「そうそう、うちが話が長いって言うから・・・ってなんでやねん!」


と訪ちゃんは先輩の話を聞くとノリツッコミをする。


「とにかく、多くの有力な家臣に領地をたくさん与えるということは主人の将軍家が小さくなるという逆転現象が起きるの。この逆転現象の解消こそが室町幕府の最大の命題だったのだけれど、足利幕府の最盛期をきずいた義満よしみつの時代でも後継者争いに乗じて後継者の地位を候補者二人に互いにチラつかせてたくみに争わせたのに、義教は才気煥発さいきかんぱつで逆らうものを許さない潔癖けっぺきな性格だから各大名たちを途轍とてつもない豪腕ごうわんでねじ伏せていくのよ。あまりにも強すぎる将軍をいつしか人は悪将軍と言ったわ。」


悪将軍・・・自分は正義を執行しているつもりなのに、あまりにも強すぎて優しさを全く見せないから人はいつしか彼を悪の塊のように見ていたのだろうか・・・


「悪将軍か・・・なんか敵のボスキャラみたいな異名やな・・・」


訪ちゃんはゲームみたいな例えを持ち出す


「悪って言う言葉は現代だと悪魔とか悪化とか、そうネガティブな方向に考えてしまいがちだけど、昔は途方もなく強い人が悪と言われることが多かったの。例えば源頼朝の腹違いのお兄さんの源義平は悪源太義平って呼ばれていて、とても強い義平って言う意味を持っていたのよ。」


悪って言う言葉がポジティブに捉えられていた時代もあったのか、現代に生きる私にとってはとても不思議な感覚だった。


「この義教の場合はポジティブ、ネガティブどっちにも捉えられるくらいに将軍としての行いが苛烈かれつだったわ。その義教に多くの人が恐怖心を持っていたけど、特に赤松満祐あかまつみつすけと言う赤松円心えんしんから数えて五代目の当主が義教の行いをあまりにも恐れてしまって、ありもしない罪に裁かれる恐怖に耐えきれなくて殺られるくらいなら先に殺れとばかりに、義教を宴席に誘って暗殺してしまうの。」


「暗殺!でも満祐さんは何もされてなかったんですよね?」


「そうよ、むしろ信頼もされていて関係は良好に近かった。でも人は猜疑心さいぎしんを持ってしまったらもうだめね。その前に満祐は自分の家臣を三人、義教に裁かれて殺されてしまったの。そうなると次は自分の番だと思ってしまったのよ。将軍の家臣の家の訪問を御成おなりと言うのだけど、満祐の誘いになんの疑問も挟まず御成を行った義教は逆に満祐を信頼していたのよね。この満祐の行いで当然赤松家は幕府からの攻撃にさらされて赤松家は一度滅亡してしまったの。この時に大活躍したのが山名持豊やまなもちとよ、別の名を山名宗全そうぜんよ。」


先輩は山名宗全さんの名前を出した瞬間、暴走してる時に似たようなちょっと興奮した時のような嬉しそうな顔を見せた。


もしかしたらすごい人物なのかも知れないな。


すると訪ちゃんも「おー!」と声を上げて


「山名宗全って応仁おうにんの乱のか!なんか面白い話になってきたなあ。」


とキラキラと嬉しそうな顔になった。


こう言う話聞いていても、私は歴史に詳しくないから話を理解することからスタートだから羨ましいなって思わされた。



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