五十一の城

平和になったから天守は作られなかった私はそう言う考え方があっても良いんじゃないかと虎口こぐち先輩のロマン溢れる答えに共感を示して天守台から坤櫓ひつじさるやぐらを眺めていた。


「坤櫓は実は明石城の天守代用櫓として使用されていたのよ。さっきは二層目の丸軒瓦まるのきかわらに桐の紋が彫られていたわよね。最上階の丸軒瓦を見てみて。」


私は先輩にうながされて私は瓦の丸い所を見つめた。


たずねちゃんも私のとなりで丸軒瓦の一点を見つめた。


「なんか三角形が3つ縦につらなったような家紋がありますね。」


私は小さな丸軒瓦に彫られている家紋を見たが小さくて三角が3つ重なった家紋に見えた。


小笠原家おがさわらけの家紋やったかな。家も有名な家紋しか分からんから正確な名前は言えへんけど。」


そう言って訪ちゃんは目をらして家紋を眺めていた。


「小笠原家の家紋の三階菱さんかいびしよ。三角が3つ縦に連なったと城下さんは言ってたけど実際は菱形が3つ重なっているのよ。城下さんは武田信玄がどんな家紋を使っているか知っているかしら?」


「武田信玄ですか?すみません。名前は知っているのですが・・・」


流石に昨日今日お城のことを知った私にはあの有名な武田信玄ですら遠い存在だった。


武田菱たけだびしやな。大きな菱形が4つに分かれてる家紋やねんで。」


そうやって手で菱形を作った。


「そう、別名武田菱、正確には四つ割菱と言うのよ。四つ割菱は武田家が専門で使った家紋だから武田菱と言われるようになったの。菱は武田氏の一族が使用していたわ。要するに小笠原家も実は武田家の一族だったの。」


先輩は小笠原さんは武田さんに長野県を追い出されたと言っていたけど、あれって親戚同士の争いだったの?


「親戚同士で争って領地を奪ったんですか!?」


私は驚きで声を上げていた。


「そうなのよ。でも戦国時代では珍しいことでもなかったわ。それに小笠原家と武田家は遠い昔に分家になったから関係がないと言えば関係がなかった。とにかく分家だった小笠原家は本家である武田家にはばかって菱形の数を減らして縦に並べる家紋にしたの。それが三階菱よ。」


今だったら親戚同士で家を追い出すほどの争いとかあまり考えられないが戦国時代ではそんな事も当たり前だったと聞くとあまり明るい時代ではなかったのではないかと私は思えてきた。


とにかく坤櫓の三階菱は小笠原さんの家紋なのだ。


小笠原さん一家は信濃を追い出されて家がなくなって流浪の旅をしなければならなくなってもなんとか食らいついて復活を果たしたのだ。


私はその根性が素晴らしいと思った。


「小笠原さん、こんな立派な坤櫓に家紋を残せて本当に苦労して復興して良かったです。」


私はただただそう思えた。


本来はこの櫓の瓦に家紋を残せたかどうか分からないほどだったのだ。


「ほんまにそやな、ましてや大名で復活するなんて思えんかったやろうからそれこそ小笠原家にとって明石城は勲章やな。」


そう言って訪ちゃんも私と同じで小笠原さんの復活を喜んでくれた。


「そういえば、明石を含む播磨はりまの国は一度滅んで家を再興した大名に縁が深いわね。」


虎口先輩はふと思い出したように言った。


「他にもいるんですか?」


「小笠原家のように播磨の国で大名として復活したわけではないけど、伊東家と言う宮崎県の大名が鹿児島県の島津氏に滅ぼされて流浪の旅をしていたの。その時に播磨の姫路城にいた秀吉と奇跡的に縁が生まれて後に地元宮崎に大名として返り咲くという奇跡の復活を果たしたの。」


伊東祐兵いとうすけたけって人やったっけ・・・姫路で秀吉と対面して織田家の家臣になってその縁で信長死後は秀吉の家臣になるんやったか。」


訪ちゃんは記憶をたどりながらそう言った。


小笠原さんが長野県から兵庫県と考えると伊東さんは宮崎県から兵庫県へと流浪の旅を強要されてなんとかたどり着いたのだ。


そして故郷の宮崎に大名として復興する。


とんでもなくドラマティックな物語だ。


そんな人生を歩んできた小笠原さんと伊東さんに私は敬意を評したいと思った。

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