四十八の城

巽櫓たつみやぐらは元は船上城ふなげじょうと言うなのお城の天守だった。


その船上城は高山右近たかやまうこんという人が作ったということだ。


キリスト教徒の大名だと言うことで当時はちょっと特殊な人生を歩んだ武士だったようだ。


そう言ったお城にまつわる歴史を知るとより味わい深くなる。


巽櫓も右近さんのおかげでより味わい深くなった。


「ちなみに巽櫓の巽は辰巳たつみのことやねんで。」


たずねちゃんが教えてくれた。


辰巳って十二支じゅうにしの辰と巳のことだよね。


どっちの方角なの?


櫓の位置から考えると東ってことなのかな?


私が頭を悩ませていると虎口こぐち先輩が


「城下さん、昔は時間も方角も十二支で表していたの。だから現代だと二十四時間の時刻も半分の十二時間だったのよ。それを十二支に当てはめるとこくは0時に当たるのそして2時はうし、4時はとらと言うふうに2時間ずつ時が流れていって、最後にはが22時になるの。それを方角に当てはめると子は北になるわ。じゃあそこから時計回りに東は卯、午が南じゃあその間にある辰巳は?」


子が北で卯が東、午が南・・・


私は子から午まで指折り数えてハッとする。


「辰巳は南東ですか?」


虎口先輩はニコニコと笑顔で拍手してくれた。


「正解よ。本丸の中心から方角を見て巽の方角にあるから巽櫓というの。もう一つの櫓が坤櫓ひつじさるやぐらと言うのも同じよ。未申ひつじさるの方角は南西になるの。明石城の本丸にはあと2つ乾櫓と艮櫓の合計で4基の櫓が置かれていたのだけど乾櫓いぬいやぐら艮櫓うしとらやぐらは残念ながら現存していないわ。」


「4つとも現存してたら凄かったやろうなあ・・・」


二人はとても残念そうに首を横に振った。


巽櫓と坤櫓を繋ぐ白い壁の前には木製の廊下のような通路が人二人か三人くらい並んで歩けるくらいの幅でもう一つの櫓の近くまで通されていた。


虎口先輩と訪ちゃんは階段を登ってその通路に向かった。


巽櫓の直ぐ側の階段を登ると通路は展望通路になっていて漆喰しっくいの壁を超えて明石の街が見渡せるようになっていた。


二の丸からも見渡せる風景だけど少し高くなるとまた印象が変わる。


そして何より風が気持ちいい。


私はスマホを取り出すと思わず写真を一枚撮っていた。


通路の途中には展望台が置かれていてカメラの三脚の代わりにカメラを置ける台座が用意されていた。


展望台には訪ちゃんが柵から軽く身を乗り出して風景を楽しんでいた。


訪ちゃんの小さなサイドテールがぴろぴろと風でなびいている。


私も展望台に登る。


展望台は展望通路よりも2段ほど高く作られていた。


「高くなるとまたちがうねぇ」


私も訪ちゃんの隣で柵に手を置いて明石の街を見渡していた。


「目の前のビルが無かったら海が見れそうなんだけどなあ。」


明石の駅の後ろに鎮座する大きなビルやマンションが景観に寄与していないことを勿体ないと思う。


小笠原おがさわらさんたちは櫓から城下町を見たり櫓を楽しんだのだろうか。


そう考えると現代のほうが圧倒的に便利だけど何故か少し羨ましいようにも感じた。


「海が見れるとまた違うんやろうなあ。」


訪ちゃんも同じ気持ちのようだった。


先輩は私達の後ろでニコニコと景色を楽しんでいるようだった。


過去から現代の変遷へんせんを想像しながら楽しんでいるのだろうか?


それとも心地よい風を楽しんでいるのだろうか?


「築城されて400年ほど経過してお城は施設の多くを失ってしまったけど、巽櫓と坤櫓はずっと明石の街を見守ってきたわ。今は海が見れないけれど街の発展は誇らしい気持ちかもしれないわね。」


先輩は訪ちゃんの言葉に反応してそう呟いた。


「櫓達はそう思ってるかも知れんな。せやけどもしかしたら俺たちの景色を返せって怒ってるかも知れんで?」


訪ちゃんが茶化すと先輩は


「お城は城下の発展のために作られた側面もあるのよ。お城が街の発展を喜ばないはずがないでしょ。」


先輩にそう言われると確かに櫓達もそう思っているような気持ちにもなってくる。


「明石城は震災も乗り越えたのだから。」


阪神淡路大震災・・・私達はまだ生まれて無い頃の話だ。


先輩は歴史に詳しいから震災の事も残っている写真などを見たのか結構詳しく知っているようだった。


「巽櫓も坤櫓も壁に亀裂が入ったり、多くの石垣の倒壊もあったわ。私達の目の前の漆喰の壁も崩れたの。明石だけじゃない、震源の神戸は直下型の地震だっただけに多くのビルや高速道路まで崩壊してもっとひどかった。だけど今は殆ど何もなかったかのように蘇ったわ。お城は街と一緒に艱難辛苦かんなんしんくを共にしているの。街が発展して喜ばないはずがないでしょ。」


「それもそうやな・・・」


訪ちゃんは先輩に同意すると少し感傷的になったのか景色を眺める目が少し優しくなっているような気がした。


心地よい風が再び私達に吹き付ける。


訪ちゃんの小さなサイドテールがぴろぴろと風にたなびいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る